NEW! 留学体験談

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RYO S.さん

2018年7月更新

英語力ゼロから始まった語学留学、そしてアメリカ看護科編入を果たす

《プロフィール》
看護学校卒業後、昭和大学病院救急センター・日本大学病院救急センターにて十数年勤務後、2014年アメリカへ留学。2017年アメリカでRN(Registered Nurse)を決意し現在Nursing Collegeに在学中。

どのようなきっかけでアメリカへ留学を目指しましたか?
日本で看護師の夢を実現し、看護師になろうと決めた時の看護ビジョンを達成し次に自分はどうしていきたいのか考え始めていた時、もう1つの海外留学の夢が強くなり行くなら今だと決意してから6ヶ月後にはアメリカへ留学していました。

渡航時の頃と現在の心境の変化を教えて下さい。
アメリカへ来た時、1年間語学学校へ行き帰国を考えていました。しかし状況が変わりアメリカでの生活も考え始めていたこの時、初めてネットでアメリカ看護を知り連絡させて頂いたのが3年前でした。何度も相談やたくさんの情報を頂きましたが、結局私の中でstay状態のまま行動する事が出来ませんでした。きっと不安や自信が明確にならず自分の決意が100%になれなかったのだと思います。2017年、祖母が亡くなりました。祖母が危篤と父から連絡を受けた時、父より「今すぐに帰国して欲しい、もし自分がやりたい事があるのなら帰国せずアメリカに滞在しなさい。自分の答えはどうなんだ?」と伝えられた時、「アメリカに居たいです。」と即答していました。3年の間にたくさんの経験をし、やっと真剣に自分と向き合い直した時期となり、アメリカで看護にチャレンジしようと決意が固まりました。私の中でStay状態であった気持ちが2017年12月100%のGo状態へ変わったと同時に、星さんへ再度連絡していました。

私は、実際に看護を目指して留学した訳ではないので、看護留学関係のエージェントを調べての渡航ではないので看護留学に関してあまり言えませんが。

ただ1つ言える、ネット上で見つけたを他の留学会社と比べると、America Kangoの文字に強く興味を引かれたのと、星さんの裏表が無く表現する人柄に引かれコラムを全部読んだ後、星さんの人生観に共感し星さんをもっと知りたいと思ったのがAmerica Kangoを看護留学エージェントを選んだ理由です。

アメリカ看護のどのようなサポートにひかれてのお申し込みでしたか?
Freeカウンセリングを申し込んだ時のレスポンスの早さ。そして緊張していた初回の星さんとのSkypeは一番印象的でした。本当にFreeなの?と思ってしまうほどすべての情報を星さんから提供して頂いた事に加え、初めてとは思えない星さんの強い意思の中の親しみ感とエネルギーに、一瞬でわたしの感覚は間違っていなかった!、星さんとなら本心でぶつかり信頼していけると確信しました。

看護科編入迄のサポートはどうでしたか?
看護を目指すと決めてから看護科編入まで3ヶ月しか無かった無茶ぶりにも、看護科編入までの道筋を明確に示してもらいました。 星さん・りかさんの的確・迅速な対応は完璧です! 

編入試験勉強はいかがでしたか?
私は十分に編入試験の勉強は出来ませんでした。それは試験当日の問題を見て、生化学があると知った時は愕然としました‥‥医療英語を受けてたのでなんとか切り抜けれた気がします。

看護学校編入決意後の様子を教えて下さい。また、午前中は語学、午後は医療英語を受講されての感想もお願いします。
朝家を出て日付が変わる間際の帰宅の状態で、最初は疲れも半端なく大変しか感じませんでした。しかし自分の目標が明確になっていたので、やってやる根性で途中から心地よい充実感に変わりました。

医療英語はどのように学習していましたか?
初日は、単語も長くこんなのたくさん覚えられない‥‥何を言ってるんだとまさに頭の中は??だらけでした。予習する事で徐々に授業の内容も理解出来、復習する事で自分の疑問や理解不足を次回の授業で必ず解決する様にしていました。また、私は記憶や理解に人よりも倍の時間がかかるので、バスでの移動時間を復習に当て、数分でも教科書を繰り返し見る様にしてなんとか医療英語についていっていました。何と言っても先生が最高によかったです。先生はどんな時も笑顔で励ましてくれ、モチベーションを継続させてくれました。看護学校入学が決まった時は一緒に喜んでくれて、先生から頂いた手紙は一生の宝物の1つです。

渡米前後で比較してアメリカ生活は如何ですか?
渡米前は、日本での生活とは真逆の経験をしたくジーパンにTシャツで完全に何も無い状態でアメリカ留学に来ました。もちろん英語力もゼロ、私を知っている人もだれもいない、生活行動の知識も無い状態からのアメリカ生活スタート。この状態でも1年あれば十分満喫して帰国すると考えていました。現実は1年経ってやっとアメリカの生活に慣れ始め、笑顔でコミュニケーションをとりながら行動出来る様にはなりました。しかし、まだまだ知らない事だらけで日々新たな発見ばかり、刺激的な生活ではありますがその分苦労もたくさんです。どんな困難な状況でも、私はあなたのHelpが必要ですと自己主張出来、感謝する気持ちを持っていたなら必ず人の力を得ながら乗り越えられます。アメリカで過ごして、さらにポジティブな考え方と自分の意見を自信もって主張する様になったと思います。

カリフォルニアは日本人が多いと言われてますが、語学学校や生活でも日本人と接する機会が殆どなかった私は、3年過ごして日本人の友人は2人のみで実際のアメリカ日本人社会はよく分かりませんし、分かりたいとも思わないです。なぜなら、私自身、日本人・他国の人を意識していないので親友・仲間が他国籍でもお互い言葉の壁はありますが、刺激しあい信頼・尊重出来る良い関係を築いて行けているからです。

 

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カウンセラー星との個別面談についてはいかがでしたか?
私にとって、星さんとの個別面談はなくてはならない貴重な時間でした。看護を目指すに当たって相談はいつも豊富な情報量を提供。自分が納得するまで何度質問しても嫌な顔をするどころか、決めるのはあなた自身なんだから不安なことは何でもぶつけてと、必要な時はいつも時間を作り解決へ導いてくれ、「今集中はこれ!1つクリアする毎に次はこれよ!」とたくさんの事で頭が混乱している私に明確な道筋を照らし続けて頂きました。

これからアメリカ看護師としての抱負を教えて下さい。
看護へのチャレンジを決意してから看護学校編入。アメリカで看護師を目指すなんて考えてもいなかった自分が、皆さんと同じ看護の道のスタートラインに立てる事が出来たのは、星さん・りかさんのおかげです。本当にありがとうございます。
これからが本当の試練の始まりですが、看護師経験で身に付いた忍耐力と前向き行動を武器に、超えなければいけない状況を1つ1つ自分の力にして看護学校を充実させる事が今の目標です。
 

これからアメリカ看護学校入学を目指している方へのメッセージ
最初私は、アメリカ看護師を目指しての留学ではありませんでした。なので、America Kangoをサイトで読んでいる方には意気込みが違うので参考にならない経緯だと思うかも知れません。1つだけ私にも伝えられる事は、自分が本気で決心した時が、自分にとっての動き出す本来の時期が来たのだと思います。誰でも人生を決めていく上で、期待と不安の葛藤に襲われます。Stay状態が長くてもいいのです、Goサインが出た時は、どんな困難が来てももう進むことしか考えなくなるからです。これからアメリカ看護学校を目指している方へ、強い決心が着いたら是非一緒に同じ目標に向かって頑張りたいです!

新しいアメリカの環境へ一歩踏み出してみて下さい!!

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アメリカ看護 代表 星さんへ

最初に連絡してから再度連絡出来た時、約3年が経過していました。にも関わらず星さんは、最初にSkypeでお話しした時と変わらない笑顔で私を受け入れてくれ、空白の時間を埋めるようにたくさん話をして盛り上がってしまいましたね。この時から失礼かも知れませんが、以前からの親友だったかの様に感じてしまいました。なぜなら、わたしは星さんの女性としての生き方と例えマイナスの事でも包み隠さず話す姿に魅力を感じていたのに加え、時に強い私の自己主張に対しても「私と似てる。分かるよ気持ち。」と言ってくれ、医療英語の初日や看護学校編入試験日も、星さんがいてくれたらなと思う時に、必ず現れてくれたからです。医療英語初日は学校を間違える、看護学校試験は試験科目も把握してない状態と一番の問題児だったのではないでしょうか‥‥こんな私が無事に看護学校入学しスタートラインに立てたのも、星さんりかさんの支えがあったからです。本当に感謝し心からありがとうございます!

自分のペースで1つ1つ乗り越え努力して行こうと思います。星さんはこれからも私の必要不可欠なエネルギー源なので、看護学生・看護師の夢を叶えたとしてもこれからもどうぞずっと宜しくお願い致します。

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Hiroe Oさん RN

テキサスからカリフォルニアへ アメリカで看護師になる為に国内移動 !!

《プロフィール》
名古屋市立大学卒業後、大学付属病院のICU/CCUで勤務、院内のCPR/ACLSのインストラクターや外来看護に携わる。日赤医療センター献血ルーム勤務を経て、アメリカのテキサス州にてオーペアプログラムに参加。再渡米し、4年制大学の健康教育学部を経て、公衆衛生修士号を終了。地域の公衆衛生と研究に携わる。

海外留学をしようと思ったきっかけ
海外の文化や医療に興味があり、旅行が好きで大学時代に行ったオーストラリアのメルボルンでの短期看護留学体験や、アフガニスタンなどの紛争地で傷を負った子供たちが療養していたドイツの平和村でのボランティア経験から、言葉や文化の壁を越えて、看護の仕事ができたらと考えていました。

アメリカの看護留学に関して思うこと
看護師として在職中、アメリカのオーペアプログラムを知り、子供が好きだったこともあり看護留学を決める前に参加することにしました。滞在先の家族がとても親切にしてくれ、双子の世話をしながら看護留学の情報収集後に再渡米し、コミュニティーカレッジなどで基礎の科目を取りながらNCLEXの勉強と準備をしました。

私が住んでいたテキサス州にも大きなメディカルセンターがありましたが、都市部では看護師の供給が需要を上回っている状況でした。看護学部はアメリカ人でも入学競争倍率が高く、郊外の病院で経験を積んでからもしくは何らかの強い推薦状がない限り、新卒でそのエリアで働くのは難しいようでした。私も看護学部編入を考えていたのですが、外国人ナースへの道はさらに険しく、学校に入り直しても就職難から帰国する留学生が多くいる現状を知り、その時は一時断念しました。

公衆衛生学への進学/ Health Disparitiesという研究領域
テキサス州の大学でお世話になった先生が地域の健康教育や研究に関わっており、私も疾病予防や健康促進の取り組みに興味があったので、公衆衛生の分野に進学することにしました。私が卒業したプログラムは、Health Promotion and Behavior Sciences で、日本の地域看護の活動領域に重なるところが多くあるように思いました。 日本では、公衆衛生学は主に医学部を母体とした講座や研究室がまだまだ多いと思うのですが、アメリカではいろんな職種の人がその学部で学びます。私のクラスメートも、病院の医療関係者だけではなく、ビジネス、学校の教員、栄養管理士、地域のNPOで働いている人など様々でした。

私が専攻したHealth Disparitiesという研究領域では、アメリカの医療問題、人種や貧困などに関わる健康格差について議論します。これだけ医療が進んでいるといわれるアメリカでなぜ新生児死亡率が高いのか、低所得層の健康問題、高齢化社会に伴う医療ケアの増大など、アメリカが直面している様々な課題があります。

健康とは、WHOの健康の定義にもあるように、身体的な状態だけを指すのではなく、社会的にも精神的にも満たされた状態を意味しますが、薬物中毒や自殺など心の健康問題を通しても、健康である意味や目的、そのための医療や看護における役割など、考えさせられることが多くありました。

今回、テキサス州からカリフォルニア州へ引っ越すきっかけとその経緯
テキサスの小学校の保健関連の仕事で夜遅くまで授業の用意をしていた時、たまたま星さんのAmerica Kango の看護プログラムを見つけました。そのころはOPTも終わりに近く、自分のできることは全てやり尽くしたと思う一方で、志半ばで帰国の準備をしていた頃でした。どうして星さんのサイトに辿り着いたのか未だに不思議ですが、最後のチャンスのような気がし、すぐにメールで問い合わせをしました。

ただ、いろんな意味で底をつきかけていたので、今からカリフォルニア州へ行くのはとても勇気がいりました。またゼロからのスタートのような気がして本当に不安でした。いろいろ考え悩んだ末、自分自身と改めて向き合った時にやはり看護の道に戻りたいという思いが強くあり、カリフォルニア州へ引っ越して看護学校へ転校することにしました。今でもまだ、朝起きると自分がどこにいるのかと思うほど、この数カ月で物事が目まぐるしく変化し、それにまだついていけていない自分がいます。

アメリカの文化と生活
アメリカに来て、言葉の壁以上に想像もしていなかったような大変なこともいろいろ経験しました。アメリカ人のクラスメートに貸した私のノートをテスト1時間前に返されテスト勉強ができなかったり、何日も前から予約の確認をして遠くまで運転して行ったのに予約をすっぽかされたり。

私は人種という区分で人を見るのは好きではないですが、アメリカは人種の坩堝(るつぼ)というだけあって、いろんな国や文化を背景にもった人の集まりで成り立っています。何が正しく、どちらが間違っているというのではなく、いろいろな価値観が共存した国、それがアメリカだと思います。人は徒に「幸せ」を求めがちですが、実は、良い事も悪い事もすべてが必要な巡り合わせでできていて、それを本当の意味で「仕合せ」と呼ぶように、アメリカでの生活はいろんな意味で自分を成長させてくれる学びの場になると思います。

America Kangoのサポートに関して
エージェントを通した留学は費用がかかると思い、今まで自分でやってきたのですが、自分ではどうしたら良いのかわからない部分も沢山ありました。星さんとのSkype相談では、そのわからなかった部分や知らなかったことを本当に納得するまで答えてくださり、出来ること/出来ないことをきちんと説明してくださったので、自分の今後の計画を立てる上でとても役立ちました。看護学校編入の手続きが完了するまでサポートして頂いたので安心できました。

また、この看護プログラムに参加された方の体験談を読み、いろんな道を経てここに辿りついた方の勇気に後押しされ、看護の道へ再度、挑戦する決断ができました。

今考えて思うこと
渡米直後は、自分が子供に戻ったかのように今まで一人で出来ていたことができなかったり、会話が理解できないなど、なんともいいようのない孤独感があったのを覚えています。

物事の過程の途中にいると、自分の選択は間違っていたのかもと後ろを振り返り後悔したり、自分と周りを比べて自信を無くしたり。また、先を見すぎて不安と焦燥感に苛まれたこともありました。そんな時、いつも私を支えてくれたのは家族であったり、身近にいる友人であったり、たまたま通りかかった人の温かさや、何気ない小さな優しさでした。

私一人では乗り越えられなかったと思います。沢山の人の支えや言葉で、またこうして自分の本当にやりたい事にチャレンジ出来る事に感謝でいっぱいです。

今後の抱負と星さんへのメッセージ
今回、星さんを通して沢山の勇気をもらいました。初めてSkypeでお会いした時、遠回りをして時間ばかりが無駄に過ぎていったように感じていた私に、「辿り着ければ時間と年齢は関係ない。」と話された星さんの言葉がとても印象的でした。

アメリカでは、特に人との繋がりなしでは難しいことが多く、”外国人”である私一人の力には限界がある事を身をもって経験していました。そんな状況での星さんとの出会いは、何か止まっていた歯車が動き出したような「仕合せ」のようにも感じました。

この看護プログラムを構築するまでにいろいろご苦労されたと思いますが、星さんの人脈と開拓精神には本当に驚かされました。私が仕事で知り合った小学校の先生が「人は与えられることになれすぎてしまっている」と子供たちに話したことがあります。確かに、既存のものを確立するまでに、パイオニア(開拓者)といわれる人たちの努力と積み重ねがあり、その上で私たちはその利便性を手にできます。それをあたかも当たり前のこと(entitlement) のような錯覚を持ってしまいがちですが、与えられた特権(privilege you might be given)でも、そこから先は自分の努力次第 (you have to earn it, or it can be taken away)です。

また、私達は目に見えるものや結果だけで物事を判断しがちですが、本当は見えない部分やその過程が大事で、積み重ねられた努力やいろんな経験が自信となって、未来につながっているのだと思います。星さん自身スポーツで怪我をされたり、渡米後ご苦労された経験談などを伺い、どんなにすごいスポーツ選手でも誰でも、いろんな挫折や努力を経て、今に辿り着いているのだなと感じました。

Steve JobsのCommencement Speechに、点と点は後から繋がるというような言葉があるのですが、今無駄や嫌に思えることでも実は人生という名のパズルの中のとても大切なピースなのかも知れません。人生は、そのいろんな出会いと経験、成長の足跡でできた道なのかなと思います。私もこれからカリフォルニアでの生活を通して、看護師としても人としても成長していきたいです。

最後に、行き詰っていた私の前に道を開き、今またこうしてチャレンジする大切さを教えて下さった星さんにとても感謝しています。夢に向けて、次のステップに繋げられるよう頑張りたいと思います。

hiroe1Au Pairのホストファミリーと友達。

hiroe2Au Pair仲間と参加したNASAツアー

hiroe3JamaicaのICU看護スタッフ

hiroe4Jamaicaでお世話になったホストファミリー

hiroe5飼っている犬と旅行したコーパスクリスティ

megumi1

アメリカ看護留学セミナー夏セミナー参加者の渡航まで

2018年6月1日掲載

Midori S

《プロフィール》
東京都出身、32歳。大学4年時に進路変更し看護師となることを決意。
看護学校卒業後は手術室、外科・耳鼻科・泌尿器科混合病棟、内科外来、救急外来勤務。

(1) 海外での看護学校入学を目指そうと思ったきっかけ

母が外国人ということもあり、二か国語が飛び交う環境のもとで育ったためか元々物心ついた時から「海外で働きたい」という気持ちはありました。ですが大学時代は別の進路を希望、さらに経済的な理由も相まって、海外で働くことなんて夢の夢状態でした。大学4年時に進路変更してからは、とりあえず資格を取って看護師として働くということを目標に生活していました。無事看護師として働き始めてからも「海外で働きたい」という気持ちは残り続けました。3年目で大学の奨学金を完済し肩の荷が下りた時、また沸々と海外への気持ちが沸き上がりました。なんとなく暮らせてしまう看護師という職業、きっとこのまま10年、20年と気持ちを持ったまま生きるんだろうかともやもやしていたころ、結婚を機に姉のアメリカ移住が決まりました。結婚式でアメリカを訪れたとき、私は一体今まで何をそんなに恐れて一歩踏み出せずにいたのかとばかばかしく思えたのを覚えています(笑)。それからは海外留学・就職について情報収集し、星さんのところに行きつきました。もちろんNCLEXだけ受けて働くことも考えましたが、早く確実に海外で働くために看護学校への入学を決意しました。

実は、最初からアメリカへの看護留学を決めていた理由は、ずばり収入ですね。ワーキングホリデーにはあまり興味がなく、行くなら始めから就職できるような留学が理想でした。

私の調べた結果オーストラリアやニュージーランドは介護職での就職が多いような印象を受けました。カナダも含めて看護師の平均年収は日本と同じくらい、もしくはそれ以下でした。

日本では初任給こそ高いかもしれませんが、それ以降は主任、師長、認定看護師にならなければあまり収入は上がりません。上がるといってもたかが知れてます。

その点アメリカならば自分のスキル次第でお給料が上がると聞いています。夢があるなと(笑)

(2) アメリカ看護留学の渡米情報収集に掛かった期間はどのくらいでしょうか?

大体半年くらいでしょうか。「アメリカ 看護」で検索してHoshi World /アメリカ看護には早い段階で行き当たっていました。情報収集と思い他社や渡米者、アメリカ看護師などのブログを読み漁っていました。

看護師新人の頃、大手留学エージェントに相談したことがあります。そこではオーストラリアやニュージーランドでのワーキングホリデーを勧められました。アメリカへ留学を決意してからは、アメリカを拠点にする他のエージェントの資料も請求したこともあります。パンフレットの最後に「アメリカではVISA取得が大変厳しく就職も難しい」とあったのが印象的でした。絶望的な気持ちのままインターネットで軽い気持ちで、アメリカ看護留学へ相談メールしたところ無料相談を案内され、疑心暗鬼のまま星さんに相談しました。

「どんづまりだった私の夢に、なんて具体的に、なんて的確に、なんて明るく導いてくれるんだろう!!!この人」は、と相談終了時に自然と涙ぐんでいました。今思えば安心したんですねきっと(笑) そのあとも情報収集を続けながら、やっぱり星さんがいいと思いサポートを依頼しました。

看護師としてアメリカで働くこと、何よりもここにこだわってサポートしてくださってると感じます。ゴールはアメリカへ行くことではない、だからこそより具体的なプロセスとアドバイスを提供してくれます。私は、アメリカ看護/HWIを選んで正解だったと思っています。

(3) 渡航直前の気持ちを聞かせて下さい。

2017年12月に交通事故で脛骨骨折してしまって、今まで健康だけが取り柄だったのにどうしてこのタイミング、とかなりメンタルがやられていました。星さんとのカウンセリング前に骨折をメールで知らせ、渡米の延期も考えました。治る、いや治すと気持ちを奮い立たせました。VISA面接前、渡米直前でのカウンセリングでは足のことを気遣ってくださり、寮も学校近くのところにしていただきました。これには正直、、、感動しましたね(笑)。絶対予定通り渡米する!という気持ちが強まりました。先日渡米直前のカウンセリングを終え、9割に膨らんだ不安を減らしてもらい、落ち着いて渡米できそうです。

(4) NCLEX書類申請代行をお願いしての感想と経緯を教えて下さい。

私は資金が、かつかつなので自分で申請しようかどうかかなり迷いました。星さんにも相談しました。もちろん強制はされていません。これは自分自身で決めることです。悩んで悩んで、それから正式にお願いしました。結果、費用を支払ってでもお願いして良かったと、今なら思えます。NCLEXの書類申請を開始しなければわからないことなんです。どれだけ煩雑で、複雑で、めんどくさいか。。。書類申請のことで時間と労力を無駄にせず過ごせてよかったと感じています。

星さん!実はサポート依頼後しばらくは「もしかして巧妙な詐欺なのかもしれない。。。」と思っていたことをこの場を借りて謝罪させてください、ごめんなさい!ようやく実感がわいたのはNCLEX書類申請に追われたころです。毎回明るい笑顔と、初回から一貫性のあるアドバイスで元気をいただいてます。今は星さんのアドバイス通り、怪我のリハビリと日本食を謳歌しています。アメリカでお会いするのがとても楽しみ!アメリカでもよろしくお願いします!

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Megumi F

《プロフィール》
大阪府出身34歳。看護学校卒業後、転職を繰り返す。
29歳、念願であった海外語学留学(カナダ/トロントへワーキングホリデー:15ヶ月)を経験。帰国後、救命センターの病棟で4年経験。現在は、整形外科病棟勤務中。

(1) 海外での看護学校入学を目指そうと思ったきっかけ

ワーキングホリデーから帰国後も、海外へもう一度行きたいという思いが離れず、看護師として今後どうするかも考えていた矢先、海外への看護留学を果たした人の投稿を思い出しました。ただ、「アメリカへの看護留学は不可能だ」と選択肢には入らなかった事を思い出します。なぜなら、AMERIKA KANGOさん以外の留学エージェントは、アメリカへの看護留学そのものプランさえ中止していたからです。今はそんな時代なのだと思っていました。

しかし、数年間、看護留学情報を集める中、益々「アメリカの看護師のレベルの高さ」に憧れていた自分があります。そして、アメリカで勉強したいと強く思うようになりました。

アメリカの看護師になる事への憧れとともに、アメリカ看護留学への道を作るため、あらゆる留学エージェントさんや看護留学会社へ連絡を取った数年の中、どの会社の方からも正確な情報は得られず、"とりあえず、行ってみたら?"と、無謀な提案をする方が多かったのが印象的です。

私がお金持ちで若ければ、直ぐにそうしたかもしれません。しかし、目標達成には、十分な準備なしには躓くものだ、と常々思っていました。日々、ネットからの情報で何か糸口になるものはないかと探しているとき、AMERIKA KANGOさんをみつけた!毎年夏恒例という看護留学セミナーへの参加と個別相談会に参加するまでにとどまり、具体的な動きにはつながらないだろうと、ダメもとで申し込んだものの、"本物のエージェント"であることを思い知らされました。すごい数の実績があり、様々なバッググランドを持つ看護師たちをアメリカ看護師としてサポートしているAMERIKA KANGOさんに決めました!

決定した理由は、他社とは全く違ったからです。正確な情報提供、実際に活躍されている方々の功績、私をここまでリードしてくれた、AMERIKA KANGOの皆さまのサポートの厚さ、そして私が不安につぶされそうな時に幾度と助けられました。

星さんの"やるしかない!焦らずに大丈夫!!"の言葉と、親身なるカウンセリングは、頼もしく、とても心強いです(涙)

9月にアメリカへの渡航ですが、いつでもどこでも星さんとのカウンセリングは、是非ともお願いしたいです!渡米もそうですが、セミナー以来アメリカ現地でお会いできる事は今から楽しみでドキドキです!

この時代に、これほどにまで親身に相談に乗ってくれる方に会えて、私はラッキーです(*^-^*)

(2) NCLEX書類申請代行をお願いされたそうですが、その経緯を教えて下さい。

ワーキングホリデーから帰国後も、海外へもう一度行きたいという思いが離れず、看護師として今後どうするかも考えていた矢先、海外への看護留学を果たした人の投稿を思い出しました。ただ、「アメリカへの看護留学は不可能だ」と選択肢には入らなかった事を思い出します。なぜなら、AMERIKA KANGOさん以外の留学エージェントは、アメリカへの看護留学そのものプランさえ中止していたからです。今はそんな時代なのだと思っていました。

自分で申し込んだ説明会参加の翌月、AMERIKA KANGOさんから、NCLEX書類申請代行は渡航に時期に限らずは、留学以前の早期から申し込みできることを聞き、お願いするならAMERIKA KANGOさんしかないと、決断することにしました。

現在、NCLEX書類申請がスムーズに通り、NCLEX受験資格が正式に与えられました。それもこれも、全て的確な説明と正確な書類作成AMERIKA KANGOさんのおかげです。

書類作成は正直一人では不可能だと思います。

多大なエネルギーと時間がかかる作業です。卒業校や個人の書類を用意するにあたり、不明なことが沢山でてきました。その度に、AMERICA KANGOさんの書類作成担当者の方が、どれほど細かく一枚一枚の書類に目を通し様々な調査やシラバス内容に関しての質問を繰り返しして頂いたか、その内容を考えると本当に書類作成の大切さを学ぶことが出来ました。

AMERICA KANGOさんの書類作成スタッフの方々は、その都度、素早い返答でリードしてくたおかげて、9ヶ月で受験許可証がNYSEDより届きました。りかさん、Emilyさん、ありがとうございました!!頭が上がりません。

私は、渡米を9月と目の前に控え、 アメリカへの看護留学を決めてから1年半になります。目標へ進む準備期間が、こんなに有意義な時間と感じられるのも、星さんと、AMERIKA KANGOの皆さまのおかげでNCLEX書類申請が通ったからに他なりません。

心から感謝しています。ありがとうございました!

あとは、私の努力次第の結果となっていきます。これから、すべきことが山積みですが、RN資格取得後にどんなふうに働くかを楽しみにイメージしながら、目標達成に近づきたいと思っています。

★星さんへ★

星さんの頼もしいサポートに、いつも甘えてしまいます。
何度、"焦らずに大丈夫!ノープロブレム!!"の言葉に救われたことか。
 現在、留学で必要とされる、莫大な勉強量に圧倒されておりますが、これも贅沢なプレッシャーであると考えるようにしています(汗)(^-^;
"備え"こそ、不安と恐怖に打ち勝つ唯一の方法だと肝に銘じてやるしかありません!
 星さん、いつもありがとうございます。感謝。 

megumi2

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Yukoさん

2018年5月更新

オペア経験からのアメリカ看護師永住生活 !!!

《プロフィール》
34歳、東京都出身、現在カリフォルニア州サンノゼ在住

私は、2006年に埼玉県秋草学園短期大学地域保育科を卒業後すぐに、オペアプログラムに参加をして渡米しました。アメリカ人家庭で住み込みベビーシッターとして滞在し、4人の子供のお世話を経験することができました。オペア中に、アメリカ政府のグリーンカードの抽選に当たるという思いがけない出来事が起こり、取得手続きをすることにしました。

2008年に、日本に帰国をしてグリーンカードを取得後、人生一度きり、挑戦してみようと思い切り、再び2010年に渡米しました。その後、ワシントン州タコマという町で、ナーシングアシスタントの資格を取って、身体・知的障害のある子供から大人の訪問介助、及び、老人の方の訪問介護の仕事に5年間就きました。働きながら、看護学部に通い、2015年の12月に準学士を卒業しました。2016年1月にNCLEXに合格、RNライセンスを取得して、その翌月から、地元の病院で、Coronary care unitという心臓疾患や血管系の疾患のある患者を治療する科に就職しました。1年半勤務後の2017年に、彼との婚約を機にカリフォルニア州に引っ越しをして、カリフォルニア州のRNライセンスを取得しました。

現在はサンノゼにある病院のStepdown unitといって、集中治療室から出てきた患者や、手術を終えた患者、点滴の薬によって頻繁に容体を確認する必要がある患者等がいる科に勤務しています。

どのようなきっかけでアメリカ看護留学を目指しましたか?
2010年の渡米後すぐに、アメリカで看護師になることを決めました。アメリカで手に職をつけて働きたいということが一番の理由です。また、私の日本の両親が介護職に携わる仕事をしていたので、自然と興味は、人と関り、お世話ができるお仕事に向いていました。あと、「今、アメリカで勉強が思い切ってできる!」という気持ちも、みなぎっていたのを覚えています。

中学生の頃からなんとなくアメリカ留学したいな~と、思っていたのですが、はっきりとした目標もなく莫大な留学費用を両親にお願いすることは、その時の私には出来ず、ずっと自力でいけるチャンスを伺っていました。12年越しに夢が実現したと奮起しました。こんな良いタイミングはないとポジティブにとらえ、これから待ち受ける学業も受け入れる覚悟をしていました。看護師を目指すにあたって、患者の身の回りのお世話をするナーシングアシスタントという資格も自分には必要だと思い、すぐにクラスを調べて入学しました。

渡米前後で比較してアメリカ生活は如何ですか?
初めての渡米の前は、想像がつかないアメリカ生活への不安でいっぱいになり、友人に泣いて気持ちを話したのを覚えています。アメリカに来て半年は英語も話せず、友人もおらず寂しかったなと思い出しますが。順応したり、行動範囲を広げて行ったり、人種を問わずにたくさんの友人ができたりして、アメリカの生活を確立していったような気がします。

元々アウトドア好きでしたが、アメリカに来てハイキングやキャンプ、スキーをしたりして、より一層自然を楽しんでいます。私にとって、日本とアメリカの食生活の違いは大きいですね。お店に行って食事を注文すると、日本の2、3倍位のお皿にいっぱいの料理が出てきたり、油っこい食べ物が多かったり、おいしいんですがカロリーの高いデザートなどが溢れていて、本当に食生活に気を付けないと太ります。私は(数字は言えませんが。。。)、そうとう体がデカくなりました!他には、昔はCalling cardといって、薬局などで国際電話用のテレフォンカードを$20分買って、残りの分数を気にしながら実家に電話していましが、最近の技術の発達でお金をかけずにSkype等で頻繁に連絡をしたりと、日本とアメリカの距離は近くなったなと感じています。

アメリカで看護師としての職や社会的地位はいかがですか?
特に私は日本で看護経験があったわけではないので、初めてアメリカでRNとしての仕事をしたときは責任重大だなと思ったのが一番ですかね。これは世界のどこの看護師のお仕事をとっても言えることですね。。。すみません。医師の指示の元、また、看護業務範囲内で人様の命を預かって、処置をするって緊張するお仕事だと感じます。あと、これは就業ビザや永住権など、ビザの事がクリアになっている方に限られるかもしれませんが、RNライセンスを取れば、全米のどこへ行っても仕事があります。看護師不足の状況は、どの州も一緒で、特にRNとして半年の経験があれば、他の病院の転職や他の科へのステップアップがスムーズにできる可能性が高いです。

例えば、元同僚のRNの友人ですが、新卒でCoronary care unitに就職し、半年で他州の病院の集中治療室へ転職していきました。社会的地位ですが、アメリカで看護師は17年間連続で一番信用の高い職業として称えられています。看護師という職業はとても人気が高く、看護学校に入るのが大変な事も事実です。しかし、他の職業に比べ、私のような英語が第二言語の外国人に取っては目指しやすく、仕事を得やすいのは利点だと思います。

これからの抱負
次の目標は、現在の病院勤務をしながら、看護師として学士を取ることです。近所のカリフォルニア州立大学に2018年の秋学期のスタートを目指して、すでに出願書類も提出し、合格も頂いています。学士を終了するまでに1年半ほどかかるので、その間に病院の仕事の向上と維持をしていきたいです。看護師の仕事の分野では、訪問看護に興味があるので、学士を取得後、転職もしてみたいです。家でお世話をする経験がオペアや、ナーシングアシスタント時代と多く、看護師としても訪問で介入してみたいし、過去の経験も生かせると思うからです。

これからアメリカ看護学校入学を目指している方へのメッセージ
自分の目標を一つ一つ進んでください。アメリカは自分が望んで学校へ行って、行程をこなしていけば、努力は必ず返ってきます。また、年齢の壁は考えなくてもいいと思います。なぜなら、アメリカではいつでも学校を始められる環境があると思うからです。独身でガンガン学業へまっしぐらな学生や、旦那と子供がいて単位を少しずつ取っている学生もいます。私の行ったワシントン州の短大の看護クラスは三分の一は20代でしたが、他は30~50代で、子どもがいる父親から孫がいるお婆ちゃんもいたりして、千差万別でした。あと、よく私はアメリカ人に「Don’t work hard, work smart」と言われますが、日本で生まれ育った私にとっては、常にWork hardの気持ちでいます。努力も報われたので、自分はこれで良いと思っています。自分らしさを曲げず、自分を貫いて下さい。

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アメリカ看護 代表 星さんへメッセージです!!
星さん、アメリカ看護という、アメリカ全土やカリフォルニア州で看護師を目指している人たちに情報発信をする場を設けて下さって、ありがとうございます。なかなか日本人としてアメリカで看護師になるための情報が少ないので、その点で足止めを食らってしまうのも事実です。星さんや他のスタッフさんの様に、これから看護師を目指したいという方や、看護師としてステップアップしたいという方のサポートをされていることを尊敬します!助かります!
これからも続けてください。