留学体験談

江田恵さん

江田 恵さん

プロフィール
石川県出身。富山大学卒業後、整形外科、脳神経外科病棟に勤務。その後訪問看護師としての仕事に興味を持ち、在宅医療に携わる。
ワーキングホリデーVISAを利用し、半年程カナダのトロントへ語学留学。
カナダ留学中にトロントにある介護施設にてPrivate Care Giverのポジションを経験。
一時日本に帰国し、1年半の期間を経て渡米を果たす。

2018年2月公開

Q. カナダ留学中に弊社へお問い合わせ頂いたのですが、どんなきっかけでアメリカ看護留学へお問い合わせ頂きましたか?

まずカナダ留学当初の理由ですが、単純に英語力を伸ばしたいと思ったこと、海外生活への憧れを捨てきれず思い切って留学を決断しました。なので、カナダへ留学する前はまさか自分が今アメリカにいて、看護師を目指すことになろうとは全く想像もしていなかったのが正直な所です。

ワーキングホリデーVISAを利用し、当初はカフェやレストラン等で仕事探しをするつもりだったのですがどこか腑に落ちない部分があって、本当にこれがやりたくて留学に来たのか自問自答する毎日だったことを覚えています。やっぱり何か自分の看護師としての仕事に少しでもプラスになるような、そんな経験がしたいと思い、運良く見つけられたのが介護施設での仕事でした。

私がお世話をさせてもらっていたカナダ人のおじいさんやその家族、施設のスタッフの方々とのやりとりはもちろん全て英語。
拙い英語でしたが真剣に聞いてくれて、留学生にとってはとても恵まれた環境だったと思います。
少し看護師の道から離れていたこと、海外でほんの少しだけど医療分野に関わってみて、やっぱり自分の仕事が好きなんだと気づくことができたと思います。
日本にいた時には出会う事もなかった人たちと出会い、刺激を受け、大きく自分の価値観が変わったことが看護留学を目指すきっかけの一つになったかもしれません。

もちろんカナダで看護師を目指すこともできました、むしろその方がアメリカと比較してハードルは低いような気がします。
だけどアメリカと日本の医療事情や働き方の違い、アメリカの医療保険制度等に元々興味があって、どうせ目指すなら医療の最先端と言われるアメリカに行きたいと思ったこと、そんな中で星さんのホームページを見て、連絡してみようと思ったことが始まりでした。

Q. アメリカ看護留学をするにあたり、情報収集に念を入れたと伺っておりますが、どのように調べてきたか教えてください。

"海外で看護師になりたい!"と思った日からは、毎日のようにインターネットや留学を通して出会った知り合いから情報収集をする日々が続きました。
アメリカ看護に関するほとんどのサイトやブログを見たのではないかと思います。情報化社会なのにこれに関する情報は本当に少ないと感じました。

アメリカにいなかった私にとって正確な情報を得ることは難しく、何が事実で、一体どこまで信用していいのか全く分かりませんでした。
星さん以外にも数社コンタクトを取ったのですが、そこで言われた事、アメリカで看護師になるのは現段階では相当厳しい、オーストラリア等別の国を視野に入れてみてはどうか、NCLEX受験はサポートできるがそれ以外の情報、NCLEXを取った後の情報に乏しい会社がほとんどでした。アメリカで看護師として働く事が目標だった私にとっては絶望的なものでした。

一番の決め手になったのは多くの情報量とアメリカで看護師になるまでのプロセスを明確に教えてくれた事、実際に利用された方の体験談を随時更新されていたこと、毎回素早い対応をして下さった星さんの所で決めさせてもらいました。

Q. アメリカ渡米時期を遅らせての渡米となりましたが、その判断はいかがでしたか?

渡米目前にして父が重い病気にかかり、一旦は留学自体を諦めた時期がありました。
家族が大変な時期に自分は渡米すべきなのか、なによりも父と家族の側にいたいと思ったことが諦めようと思った理由でした。
父が入院中で心配をかけたくなかったので、母親にだけこっそり留学を諦めようと思っていることを相談しました。
当然納得してくれると思ったのですが、親はそんなことを望まないよと逆に応援してくれたこと。あとはその当時働いていた職場の方々の支えが大きいと思います。

その時も星さんにはSkypeで相談に乗ってもらい、絶対また行きたいと思う時期が来るからと、完全に辞めてしまうのではなく、少し時期を遅らせることも選択肢の1つにあるとアドバイスをしていただいたことを覚えています。
渡米時期を遅らせたことで、病状が落ち着くまで日本にいられたし、安心して渡米する事が出来たと思います。
今では本当にあの時の判断は間違っていなかったと思うし、星さんの言われた通り、もしあの時点で諦めていたらきっと何年後かにまた行きたいと思っただろうし、間違いなく後悔していただろうなと思います。渡米を諦めたとは言いましたが、カナダ留学を早めに切り上げて帰国したのも全ては渡米のためだったので、不消化のまま終わらせたくなかったという思いがずっとあったことは事実です。後はお金の問題ですね。今まで払ったお金が全て返金されるとなっていたらもしかしたら諦めていたかもしれません。

Q. 医療英語を受講されての感想

通常の語学コースとはまた違い、医療英語のコースは自分の興味のある分野なのですごく楽しく受講することができました。
合計20回の医療英語コースがつい先日終了しましたが、本当にあっという間でした。最後は駆け足で終わったのでもっと受講してもよかったかなと思います。

医療英語は知っている単語もありましたが、もちろん聞いた事もないような単語ばかりで、発音も難しく最初は大変でした。書いてもらえれば分かるのになと何度思ったことか。
ただ、星さんの言われるように受講開始前にある程度自分で予習をしておいたおかげでそれ程苦労せずに付いていくことができたように思います。
また、半端ない宿題の量や、習った医療英語を使ってのプレゼンテーションはもちろん大変でしたが、逆にそのおかげでより理解を深めることができたと思います。

先生は長年アメリカでRNとして働いてこられた大先輩で、アメリカの看護事情やNCLEXに関する情報等、質問した事は本当に熱心に毎回教えてくださって、すごく良い先生に恵まれてよかったと思っています。一緒に受講していた日本人の方にもよく相談に乗ってもらったりして、2人には毎回会うのが楽しみになっていました。

Q. 米国生活を開始しましたが、どのような様子か教えて下さい。

まずトロントと日本の1番の大きな違いと言えば、様々な人種と文化や宗教が入り混じる、私が生まれ育った石川県ではまず目にしないような世界でした。
違いを言えばキリが
ないですが、感じたことの1つに、カナダでは自分をアピールすることがいかに大事かということが大きな違いかと思います。
日本では自分の意見を述べることが時に自己中心的だと感じたり、人と違う道を歩むことがあの人は変わっているというような捉え方がまだまだあるような気がします。たとえ言葉にしなくても周りの空気を読み、自分の意見を抑えたり、遠慮する傾向が強いですが、カナダでは言葉にしなくても日本人のように察してもらうとか、そのような概念はこちらにはないような気がします。

こちらの人たちは自分の思っていることをはっきり伝えます。YesなのかNoなのか、そしてもはや言った者勝ちのような所も多少はあるような気がします。
介護施設で働いていた時も、自分からどんどん要求をしないとなかなか動いてもらえないということが多々ありました。
アメリカでも受け身でいては誰も気づいてくれないし、きっとやっていけないんだろうなと最近よく感じることが多いです。

Q. これからNCLEX受験を早々に控えておりますが、今後の抱負を教えて下さい。これからの目標、更なる夢は。

看護学校入学許可が降りてとりあえずはほっとしていますが、次なる関門は間違いなくNCLEX受験ですね。
看護学校とNCLEX対策の両立はきっと大変だと思いますが、なるべく早めに受験してしまいたいので、勉強を進めていきたいと思います。
あまり先のことを考えると不安になってくるので1日1日、目の前のやるべき事をまずは一つずつこなしていきたいです。

アメリカで看護師になる夢はまだまだ程遠いですが、将来的にはERやアメリカでの訪問看護事情についても興味があるので、いつかそれらの分野で関わることができたらと考えています。
あとは、もちろん英語力を伸ばすこと!自分にもっと自信を付けることが今の目標です!

Q. これから看護留学 アメリカを目指している方へのメッセージをお願いします。

私は9月末に渡米したばかりで、まだまだ右も左も分からない状況です。
一つだけ言いたいことは、アメリカで看護師になりたいと思っている方、少しでも興味がある方、ぜひ渡米して自分の目で確かめてみて欲しいと思っています。

それには家族のことやお金のこと、日本での仕事の事いろんな事情がつきまといます。
私は語学留学に行くことでさえ長年悩みましたし、遠回りをしたかもしれません。
留学にはお金も時間もかかるし、いろんな犠牲もあるし、あと一歩がなかなか踏み出しきれませんでした。
周りの友達はみんな徐々に家庭を持ち、自分もそうすべきなのではと悩んだ時期もありました。

だけど、今になってみればどうしてあんなに迷っていたのかと思います。
もちろんこの先どうなるかは今はまだ分からないし、先の見えない不安もあります。だけど1つ言えるのは渡米したことに後悔はないです。
人生一度きり、やらずに後悔するよりは例え希望でない結果になったとしても、精一杯やった結果がそれであれば自分なりに消化できるのではないかと思います。

Q. アメリカ看護留学カウンセラー星への個別面談をされての感想とメッセージ。

星さんとの面談では、毎回少し後ろ向きになっている自分をいつも励ましてくれる本当に頼れる存在でした。
たぶん星さんのカウンセリングを受けたことがある人なら皆感じることだと思いますが、面談後は不思議と前向きな気持ちになれました。
1つ1つの面談の限られた時間の中で、自分が聞きたいと思った情報を的確に教えて下さったり、自分が今やるべき事を毎回明確にして下さったように思います。

そしてなにより、星さんとの面談が日本にいた時に私のモチベーション維持に繋がったことは間違いないです。
星さんとの面談は本当に元気付けられました。
きっと星さんがいなかったら私はたぶんここまで踏み出してはいなかったかもしれません。
困った時、迷った時、毎回道標をくださって、ありがとうございました。
スタッフの皆さんも毎回迅速に対応して下さって、本当に助かりました。感謝しています。

これからは自分の経験したことのない世界なので、どうなるのか分からないし、先行きのない不安もあります。
正直、こちらに来て星さんの悪い噂も聞く事もあります。私にはそれが事実なのかそうでないのかは分からないけど、言葉を鵜呑みにしようとは思いません。
金額は正直高いと思いますが、私は少なくとも星さんの持っている情報量とコミュニティの広さにそれだけ払う価値はあると思ったのでお任せしました。
いろんな情報が行き交いますが、今ある事実に目を向けて、最終的に全ては他の誰でなく自分で決断したことなので、結果はどうであれ信じて、あとは楽しんで学んでいきたいと思います。

どうしても困った時はまたサポートして頂くことになるかもしれませんが、その時はまた宜しくお願いします!「ありがとうございました!!」

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YUKA. K.さん

2018年1月掲載

カリフォルニアからハワイへの引っ越し、母親、主婦として… アメリカ正看護師に!次の目標は、ナースプラクティショナーになること。

《プロフィール》
福島県出身、43。済生会神奈川県病院、東京医科歯科大学医学部付属病院、狸穴訪問看護ステーション、St. Luke clinic(Honolulu), St. Vincent Medical center(L.A.), Retina institute of Hawaii(Honolulu), Dr. Fujiwara clinic, 現在は Global Hospice careでも活躍中。

Q: どんなきっかけでアメリカで看護留学を目指そうと思いましたか?
A: 私は移民としてアメリカへ移住しました。日本での看護経験は本当に勉強になり、この経験をこれからの人生にも生かしたいと思っていたところCAで日本の資格でNCLEX-RNの受験ができると知りました。

Q: 渡航時の看護留学は、他社様を通して留学されたとお聞きしておりますが、今回、弊社を選ぶ決め手となった理由、もし他社様と弊社の違いを感じたことがあれば教えてください。
A: 最初のNCLEX-RN対策校に新しいスタッフで来たのが星さんでした。当時の学校は英語のレベルの違うクラスメイトが同じ授業を受けており、質問に時間を取る生徒さんに英語のレベルの高い生徒がイラつく状態。学校外で会議になるほど。。。留学してるクラスメイトは高いお金を払い、自分なりの勉強がしたいので意見が活発でした。私は、どんな状況でも目的が一緒ならいい。と思ってたら、「Visaの問題がないから何も言わない」と言われました。そこで、星さんに学校を辞めたい旨を話し、当時の星さんが「困ったら連絡して」と言ってくれました。星さんの対応は良心的で、この人まっすぐだなぁって思ったのが強く思い出されます。だからこそ、今回星さんの助けをかりました。

Q: カリフォルニアからハワイへの引っ越しとなり、その後、時が過ぎてから弊社へのお問い合わせですが、その経緯を教えて下さい。
A: ハワイへ戻ると主人が浮気をしていました。家庭はボロボロ。そこから長い離婚裁判、DVもあり子供を連れてシェルターへ避難、更に心の傷も大きく2年のメンタルケアを受けました。その間に NCLEX-RNの受験資格は失効です。ゼロの自分を救ってくれたのは人間関係でした。領事館の経由で某世界規模の保険会社を引退したアメリカ人社長さんが日本人のケアギバーを探しているとお話を頂き(アジア展開した時に日本が一番と思った)、そちらでお仕事をさせて頂きました。その際、奥様が世界的に有名な医師の治療を受けており、口利きで眼科技師での就職を得ました。当時、同時期に5人の新人がいて、院長命令で治験の認定を取るように指示が出て、私だけが合格しました。当時私のプリセプターをしていたシェリーが「あなたは私の誇り!」と抱きしめてくれたのを思い出します。英語が片言でもポジションが上がるアメリカを感じました。だったら、やっぱりRNになりたいと思ったのがこの時期です。

Q: NCLEX書類作成代行依頼をしたきっかけとその経緯を教えて下さい。
A: 正直、不安すぎて自分で出来ないと思っていました。成人看護に精神科が含まれている時代の卒業生である事が一番の不安材料でした。そのほかにも数学や統計学、微生物学などブレイクダウンをしていくベストな方法の知識がありませんでした。星さんに相談すると、現状で自分が置かれている状況を詳しく説明してくれ、具体的にこれ位要求されてる中、これだけクリアしてるから十分大丈夫という説明もしてくれました。そして、星さんを信頼しました。

Q: 米国で看護師になると諦めずここまで達成できたわけですが、今まで様々な出来事があったと思いますが、お聞かせいただけることはありますか。
A: どんなに辛い状況下でも、アメリカ国内で兎に角医療に関わる場所に自分の身を置きました。確かに生活苦もあったので実際には旅行会社やレストランサーバーもしながらの道のりでした。それでも、根底には自分の場所はどこかと問い詰めてる自分があったからこそ辿り着いた道です。

NCLEX-RNの受験資格が失効した時期でも、サンダースのテキストを読み解いてる時間は心に平穏な時間があり、頑張ろうと前向きになれました。そして、職場や近所の方々、現在の主人の支えがあったからこその今回の合格でした。私がカリフォルニアへ引っ越してきた時期にお向かいのビルさんが結婚されて、ドイツから素晴らしい奥様がやってきました。彼女も元ドイツでナース。既に手続きを初めていた私は、カリフォルニアのボードのシステムを彼女に説明すると「私もやっぱりナースとして生きて行きたい!」と手続きを開始しました。そんな彼女も「絶対にYなら一発合格よ!」と応援してくれてました。同じ目標に向かう仲間がお向かいに出来たのです。本当に有り難いです。近所を散歩すると「Yなら絶対合格さぁ!」と声をかけて頂くことが日常でした。時に息詰まる私に、子供を見てるから気分転換をしてきていいよと声をかけてくれた主人。こういった素晴らしい周りの支えがあって、自分を信じれたからこそ得たアメリカ看護師資格です。

アメリカに来たなら地元に溶け込むことはとても大切だと思います。私は下手な英語でもご近所さん、職場もアメリカの環境に挑戦してきています。ママ友もローカルです。確かに日本人と話すのは楽しいです。でも、今どこにいるの?です。留学生をホームステイで取ってて、高額なお金はらって日本人と遊ぶ?それでいいの?って思う事が多いですね。夢を達成するなら、困難な場所にでも身を置く時期が大切なのではないかと思っています。

Q: 日本では就職での年齢の壁が大きいですが、アメリカ現場ではどうでしょうか?

A: ほぼ無いです。眼科技師時代の同僚で、パートで働いていたアシスタントさんは、学校へ行き直し数か月前に弁護士になりました。40代でドクターの勉強を始めたご近所さん。CAから夢だった小学校教師になった知人。離婚のときにお世話になった弁護士さんは刑事から、45歳でロウスクールへ行き弁護士とハワイ大学の教授をしていました。アメリカは看護に限らず本人が本気で取り組めば年齢は関係ないと言えるのではないでしょうか。看護に関しては、転職の度にお給料を上げていくのが普通みたいですね。私くらいの年齢で転職は普通です。

Q: アメリカの医療現場に入って良かったなと思えることやエピソードはありますか?
A: いっぱいあります!! 技師の時代からそうですが、みんな優しいです。前の病院も今も、チームワークが素晴らしいと思います。職種を超えてお互いを尊重して患者さんの為に働いていると感じます。そして、職場でのケータリングや誕生会、サンクスギビングにクリスマスと勤務中の行事が多いのが日本との大きな違いに思えます。私は、妊娠中にサプライズでベイビーシャワーをしてもらった事が本当に嬉しく驚きでした。

RNとしてはスーパーバイズドする事が多く、LVN、CNAへ指示を出すのはRNの重要な役割。患者さんに的確にケアが提供できてるかを常にアンテナを張って見なければなりません。又投薬後のアセスメントで処方薬の増量や薬の変更のきっかけを最初に判断するのもRNの重要な役割です。日本よりももっと具体的なコメントを医師に伝えなければなりません。RNとして採用されれば新人もエキスパートも関係なくRNとしての能力を要求されます。私も初日にLVNのスタッフから「OK!私はあなたをフォローするから、宜しく!」と言われ身が引き締まる思いでした。それでも、日々勉強になりアメリカの医療現場に立てている毎日が楽しいです。

Q: 今後の目標を教えてください。
A: 更に勉強して、ナースプラクティショナーになれればと思っています。決して若くはないのですが、アメリカではママでも学生と仕事を両立している仲間が沢山います。そんないい刺激を受けながらもう少し頑張ってみたいと思っています。そして、子供が成長した暁には、時間を気にせずに働きたいかな。これから学生になるにしても仕事と勉強に追われる日々が続くかと思いますが、目標を達成したらこの性格だから又新しいことに挑戦したくなってしまうかもですね。

これからNCLEX 受験を早々に控えてるみなさんや看護留学 アメリカを目指している方へのメッセージをお願いします。
練習です!問題数こなしてください。私は、解けない問題に固執せずにより多くの問題を解くことに重点を置きました。確かにレビューは大切です、ただ分からないるつぼにはまらずに勉強するのがNCLEX-RNの賢い勉強法なのではないかと思いました。パーセンテージの低いところだけを勉強しても弱点であるため点数が取りにくくモチベーションが下がる一方です。なので私は、NCLEX-RNの問題は常にノーマル75問と決めて解いてレビューを繰り返しました。更に土日は子供と家族の時間とキッチリ頭を切り替えました。ON OFFの切り替えも脳にとっては大切なことなのかもしれません。

看護留学する皆さんへ、
絶対に日本人で固まらない事!!色々な事に挑戦した方が自分の人生が豊かになると思います。ボランティアでも何でも。折角アメリカに来たのだから、アメリカのコミュニティに入らないともったいないです。それが今後の自分に本当に大きく影響をもたらすと思います。人と人との繋がりが大きな助けになるのがアメリカです。

アメリカ看護代表 星へのメッセージ
星さんには精神的に助けられました。あのビックスマイルで「大丈夫だよ~!だって私、大丈夫な人にしか大丈夫って言わないから!」これは、私の心にビンビン響きましたね(笑)出会った当初から本当に真っすぐで裏表なく話が出来る。今も昔も変わらないのが星さんだと思います。出会った時から今日まで支えて頂いて有難うございます。お陰様でスーパーバイズドしながらRN人生歩ませていたでいてます。看護は私の人生の全てと言っても過言ではないです。こんなチャンスをくれた星さんに本当に感謝です。合格通知を受け取って舞い上がってる私に、旦那が「星さんに連絡した?」と聞いてくるほど我が家では星さんの存在は有り難く大きいです。これからも、迷いもがきながらも目標に向かって頑張って行きたいと思います。そして、また星さんのビックスマイルが恋しくなったら連絡させて頂きます。

どうぞこれからもよろしくお願い致します。

yk12017 サンクスギビング

yk2いつもOpeを一緒にしていた医師の送迎会

yk3ハワイで眼科技師

yk4ミントグリーンの服の女性が私のプリセプターです。

yk5ロングビーチのチルドレン病院でのクリスマスボランティア

Misae Sasaki

佐々木美沙枝さん

《プロフィール》
大阪府出身。看護師歴8年。看護専門学校卒業後NICU、消化器内科、循環器内科、呼吸器内科で働く。その間に、アメリカで1年ほどの語学留学を経験。再渡米後、現在、看護大学に在学中。将来の夢は アメリカでRN(Registered Nurse)になること。

2017年12月1日更新

Q: 看護学校は渡米後、いつ入学し卒業はいつでしたか? 入学時の編入試験までの取り組みや、難しいと感じた点、ここはやっておくと良いと言う点があれば教えて下さい。
A: 私は2015年の10月に渡米し、3カ月語学学校に通ったのち、12月に編入試験を受け、2016年1月に入学、2017年6月に卒業しました。

Q: 看護科在学中、苦労した点はありましたか? また、ターム毎に試験がありますが、どのように対策してきましたか?
A: 看護科在学中本当に苦労したことは、1. research paper 2. 英語 3. ターム毎の試験です。
ターム毎の試験は大抵どの教科もクイズ2回、mid term、finalと4回あります。私が在学していた頃は、クラスみんな仲が良かったので、テストが近づくと放課後学校に残り、みんなで勉強していました。どの教科もほとんどが暗記する教科なのですが、わからないところや、授業中聞き取れなかったところをみんなで補うことで、より理解が深まったり、study buddyがいることで、精神的にも効果的に勉強することができたと思います。また、テスト当日は朝早く学校に行き、テスト開始まで勉強していました。

Q: 看護科生活に限らず、アメリカで生活する上で気をつけている事や日本とアメリカの違いを感じる点は何ですか?そのような時、どうやって対応しているか教えて下さい。
A: アメリカで生活する上で気をつけている事や日本とアメリカの違いを感じる点
気を付けている点
1. 夜9時以降は一人では絶対出歩かない。
日本とアメリカの違い
1. 公共機関が時間通りに来ない
2. みんな言いたいこと、伝えたいことははっきり言う
対応方法
1. 帰りが遅くなる場合や車がない場合は必ずuberを使用する。
2. 電車やバスはほぼ時間通りに来ないので、待ち合わせや大切なアポイントの際は、30分程度早めに到着するように行く。
3. みんな言いたいことははっきり伝えてくるが、それが彼らの"普通"なので、いちいち気にしない。

Q: 看護科卒業時に卒業を伝えた人3人をあげて下さい。
A: 家族、友人、星さん

Q: アメリカ看護科を卒業しましたが、今思うと毎日はどんな生活でしたでしょうか? ボランテイア等もあればどんなことを週に何回何時間してきたか教えて下さい。

A: 看護学校在学中のことを振り返ると、毎日、毎日本当に大変で、やらなければいけないことに追われ、寝る間もないほどでしたが、その分本当に充実していたし、自分にプラスになることばかりでした。勉強はやればその分点数として結果につながり、一つのsemesterが終わるごとにそれが自分の自信に繋がっていきます。なので、ダメになりそうな時は、過去の自分が支えになっていました。今は学校を卒業しましたが、学校を卒業できたことや、今までやってきたことが、現在の私を支えています。また、在学中短期間ではありましたが、Doctor’s officeでRNのアシスタントのようなボランティアをしていました。学校に行きながらボランティアをするのは大変でしたが、そこで出会ったRNの方には本当にお世話になり、NCLEXの情報なども教えていただき、今でも食事に行くほど親しくして頂いています。こういった貴重な経験や素敵な出会いに恵まれ、時間がないなかでもボランティアをしていてよかったと思います。

Q: 卒業後OPT申請はスムーズにできましたか?受理までにどのくらいの時間がかかりましたか?その際アドバイス相談した人はいますか?

A: 私の場合OPT申請はすごくスムーズに行えました。それも、学校のinternational学生担当の方が色々助けて下さったからです。その方のおかげもあり、申請はスムーズに行え、OPTカードも申請後すぐに届きました。申請から書類受理、OPTカードが届くまで、すべて含め1か月半程度だったと思います。

Q: 現在OPT中ですが、今後、どのような展開を考えていますか?

A: 私はまだNCLEXを受けていないので、まずはNCLEXを受け、カリフォルニアのRNになることを目標にしています。その後、クリニックやDoctor’s officeで少し経験を積み、病院で働ければと思っています。

Q: アメリカ看護留学のサポート期間は看護科入学までですが、サポート終了後は不安になりましたか?あればどのような時ですか?

A: 看護学校編入後、特に大きな問題はなく、学校の友人にも恵まれていたので不安になることはありませんでした。

Q: 看護科在学中、星へカウンセリング依頼したそうですが、どういった時にサポートを依頼していますか?

A: 星さんへカウンセリングを依頼したのは、NCLEXの申請含め、今後の自分の進路について、私自身が少し迷っていたため、お話しを聞きたくカウンセリングを依頼しました。

Q: これからの抱負をお願いします。

A: これからの抱負は、まずはNCLEXを取得することです。簡単ではないですが、ここまで頑張ってきたので、必ずRNのライセンスを取得し、こちらの病院で勤務したいと思っています。

これから看護留学を考えているみなさんへ

看護留学は思っているほど簡単ではありません。学校に入学しても、卒業までの期間は本当に大変ですし、何度も心が折れそうになると思います。また、学校を卒業しても、NCLEX申請の手続き、VISA の問題と越えなければいけない壁はいくつもあります。私自身もアメリカでの生活、看護学校在学中と本当に色々ありました。しかし、その度に支えてくれる人、助けてくれる人がおり、人の優しさに何度も救われ、こういった経験は日本にいてはできなかったと思います。良い経験、大変な経験、色々な経験が人間的にも私を大きく成長させてくれました。私はまだRNにはなれていないので、偉そうなことは何一つ言えないのですが、本当にやりたいと思う気持があるなら、私は絶対やれると思うし、大変なことが多い分、嬉しこと、楽しいことも多いです。色々不安はあると思いますが、アメリカの看護師に興味を持っていたり、今後看護留学を考えている人は、是非一緒に頑張りましょう。

最後に、お世話になった アメリカ看護留学 代表の 星さんへ!!!

星さんには本当に大変お世話になりました。看護留学を決めてから、入学するまではもちろんなのですが、サポート終了後も本当に自分ではどうすればいいかわからない時、カウンセリングを快く引き受け頂き、的確なアドバイスをくれました。星さんの人柄から、星さんとカウンセリングをした後は、すごくポジティブな気持ちになれ、背中を押されます。日本にいる時から、その星さんのアドバイスに何度も助けられ、今の私があるのは星さんのおかげだと思っています。本当にありがとうございます。看護留学をするのは本当に不安ですし、一人ではなかなか難しいと思います。なのでこれからもそんな留学生の支えになってください。

佐々木美沙枝さん

OPT中のMisaeさんと今後の永住権ビザ申請についてのアポをしました。


Misae SasakiQ: アメリカで看護師留学を決意したきっかけと志望動機を教えてください。
A: 私がアメリカ看護師留学を決意したきっかけは、以前からアメリカ、特にカリフォルニアが好きで、一度語学留学をしたことです。その時は、アメリカで看護師になりたいとも思わず、ただ語学学校に通い、楽しく毎日を送る日々だったのですが、留学中にボランティアに参加したことを機に、看護がすごく恋しくなり「仕事に戻りたい」「働きたい」と思ったこと。また自分の大好きなカリフォルニアで、大好きな看護ができたらどんなに幸せだろうと思い、留学中にアメリカで看護師になろうと決めました。

Q: 医療英語のスカイプ受講で苦労したことは何ですか?
A: モニターを通してでしか会話ができないため、Wi-Fi環境によっては、先生の発音がうまく聞き取れなかったことと、相手の反応がすぐに返ってこないことによる不安があったことです。

Q: 医療英語を修了して良かったと思うこと。または得られたものは何ですか?
A: 医療英語習得はもちろんですが、講師の方が、医療英語だけでなく、英文法(微妙なニュアンスの違いや、日常でよく使われるPhrasal Verb)を教えてくださったことや、実際の病院での話などもしてくださったことです。また、私の好きなアメリカの医療テレビドラマなどを使って授業をしていただき、楽しみながら医療英語を勉強することができました。また、学校入学に対する不安な気持を察し、励ましの言葉をかけていただき、その言葉がモチベーション維持にも繋がっていたと思います。

Q: 看護学校での授業について何か大変なことはありますか?
A: やはり言葉の壁です。語学学校とはもちろん全然異なり、求められることも違います。ある程度は大変だろうと思っていましたが、予想をはるかに超えていました。宿題や課題に追われる毎日で、講師の先生によっては本当に話すスピードが速く、ほとんど聞き取れないこともありました。しかし、そんな時に声をかけてくれたのがクラスメートでした。生徒は皆International Studentなので、自分が大変だと思うことはみんなも大変だと思っているし、分からないところはみんなで教え合いながら助け合っています。また予習・復習をすること、分からないところは分かるまで先生に質問することが大切だと思います。まだまだ授業についていくのは大変ですが、初めのころに比べると、少し余裕をもって授業を聞けるようになりました。

Q: 今後の目標や抱負を教えてください。
A: 今後の目標としては、まず学校を卒業しNCLEXに合格することです。最終目標としては病院で働くことですが、それまでにクリニックやNursing Homeで、ある程度経験を積んでからと思っています。

Q: 今後渡米してくる、看護留学日本人へのアドバイスをお願いします。
A: 現在、看護学校に通い始めて半年経ったところです。本当に毎日大変で、正直心が折れそうになることもあります。もっと英語ができればと思わない日はないほど、英語に苦労しています。日本にいながら英語の勉強をするのには限界があると思いますが、Medical Terminologyを少しでも多く覚えておくとよいと思います。また、私は渡米後、住居がなかなか決まらずとても苦労しました。看護学校だけでも大変なのに、生活基盤がしっかりしていないと、それだけでも気持ちが不安定になります。ですから日本にいる間にいろいろとしっかりリサーチしておくと、渡米後のストレスが軽減されると思います。

それから渡米準備に要した時間や費用ですが、実際に渡米するまでに1年半かかり、費用は300万ほど準備したと思います。カリフォルニア州に限らず、アメリカの看護留学は本当にいろいろと大変で、たくさんの壁があります。日本にいる間にできる限り、看護学校はもちろんのこと、NCLEX、RNのこと、そして母校の看護学校がどこまで協力してくれるかなど、多岐にわたりリサーチをすることをお勧めします。道のりは厳しく、壁は高いですが、一緒に頑張りましょう!

Q: 「アメリカ看護留学」代表を務める星さんについて。
A: 私は語学留学を終え、日本に帰国してからアメリカ留学をするまで1年半かかりました。働きながら留学準備をするのは本当に大変で、何度も諦めようと思ったこともあります。そんな中で、星さんとのカウンセリングは、私のモチベーション維持に繋がっていました。私の留学プランを一緒に考えてくれ、いつまでに何をすればいいのかという筋道もしっかり立ててくれました。それがあったからこそ、大変な中でも、スムーズに留学ができたのだと思います。

また、星さんは私のメンタル面でも大きくサポートしてくれました。私は留学経験者でしたが、それでも看護留学に対する不安は大きかったです。しかし、星さんはそんな私の気持ちをしっかり受け止めてくれ、限られた時間の中でもゆっくり話を聞いてくれ、笑顔で「大丈夫だよ」と言ってくれたことは今でも忘れません。カウンセリングの後はいつも頑張ろうと思え、マイナスな気持からプラスな気持ちに切り替えられていました。また、渡米してからも何かと気にかけていただき、看護学校受験の直前まで、また入学後も看護学校に顔を出してくれるなど、メンタル面を含めしっかりサポートしていただき、本当に感謝しています。

Misae Sasaki

日本から友達が遊びに来て、Santa Monicaに行きました。楽しいひと時です。


Misae Sasaki

語学学校時代の友人とLittle Tokyoに行きました。


星宣子から
美沙枝さんは、看護留学をするために再渡米してきた方です。意外にも、ここ数年、美沙枝さんのようなケースは増えています。美沙枝さんからは、1年間の語学留学を終え、帰国後すぐに弊社にお問い合わせいただきました。彼女によると、語学留学中に、日本で看護師として働いているという話をすると、「アメリカで看護師すればいいのに」「何でアメリカでやらないの」など、ホストファミリーはもちろん、特にアメリカ人の友達や語学学校の先生たちから、常に言われていたということでした。改めてアメリカの看護師での社会的地位が日本の看護師と違うことを感じました、と話していたことを思い出します。

再渡米後、美沙枝さんは、医療英語を受講し、その後弊社で紹介した日系クリニックでボランティアとして、受付や看護助手のアシスタントをしながら、同時に看護学生としてアメリカ看護師を目指し日々学習に励んでいます。困った時でもそんな顔を見せず、グッと我慢して、その辛い瞬間を笑顔で吹っ飛ばしてしまいそうな美佐枝さんです。日本にいるたくさんの友人や恩師、同僚たちの応援を受け、ここアメリカで、新たにさまざまな葛藤に負けず日々努力していることと思います。
応援しています!

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Mayaさん
じっくり英語力を上げ看護科編入を果たす

2017年11月掲載
2016年9月に渡米し、現在看護学校で学んでいるMayaさんのスペシャルインタビューをお届けします。

《プロフィール》
東京都出身。神奈川県の看護短大を卒業した後、海老名総合病院の呼吸器外科内科で3年間にわたり勤務。その後、1年間の語学留学を経て、派遣ナースとして有料老人ホームで1年、小規模の総合病院で夜勤専従として1年半勤務。2016年9月に渡米。

渡米から1年が過ぎて
Nursing Collegeに入って半年、アメリカに来て1年が経ちました。看護学科編入し、何とか単位を落とすことなく、6カ月間の「ターム2」を無事終了しました。今回は、これからLAに来る日本人にお伝えしたいことがありすぎて、スペシャルインタビューという形で、前回に引き続き登場しています(笑)。これまでを振り返っても頭に浮かぶ言葉は、私が渡米する前に星さんに言われたことだったり、星さんのコラムに書いてあることばかりでした。でもやっぱり自分が経験してみないと分かりませんでした。実際に渡米し、こちらで学んでみて、やっと理解できたことがたくさんあります。私自身がそうだったように、この長いコラムも、渡米前の人には響かないんだろうなぁと思ったりしていますが、看護留学を考えている方にはぜひ読んでいただきたいです。

苦労の連続。学校での講義と実習
学校での最初のタームは、リーダーシップの実習と座学、薬理学のオンライン授業、アメリカ医療保険と経済の3教科でした。実習は、ナーシングホームで働いている正看(RN)がどのようにリーダーシップを取っているかということで始まりましたが、実習先が指導者の都合で3回変わりました。その都度、その日は帰っていいよと中止になり、時間帯や曜日もすべて変わり、ナーシングホームだったのがクリニック、そして病院へ。集合時間が朝6時のときもありました。タームの最後には、3カ月以内で1タームが終わるように休講になったクラスの分の時間数を自分たちで補わなければなりませんでした。幸い私は車を持っていましたが、持っていない人は、Uberで高い往復料金を払って来たのに休講になっている人もいたので気の毒でした。しかし、もちろん文句など言ったところで何も変わりません。どんな状況でも授業はどんどん進んでいきます。

日本では、テストに出るところは先生がまとめてくれたり、大事なところはポイントを押さえてくれますが、こちらはそうではないようです。テスト前に「大事なところはどこですか?どこに重点を置いて勉強してきたらいいですか?」と聞くと「全部だよ」と返ってきます。授業中に触れていなかった問題も何問か出ます。テストは70~75%とれないと赤点となり、それが教科書50ページ分の中から10問だったりします。これがアメリカで学士を取得するということなんだろうな、と今は理解しています。学士取得過程にいるんだから、勉強の仕方くらい自分で分かるよね?今まで勉強してきたのだから(日本で正看なのだから) どこが重要か分かるでしょう?と言われているような気がしました。実はアメリカは学歴重視社会で、修士以降の学位は、名刺や論文を書くときなどに自分の名前に続けて羅列します。学位を取るのが大変ということをアメリカ社会認めているから、敬意を払ってもらえるのだと思います。それが、自分への自信にもつながります。

実習スケジュールの調整中は、テストも赤点だらけ、自動車事故を起こしたり、強盗にあったり、一緒に住んでる人とのコミュニケーションもうまくいかないなどでモチベーションはガタ落ち。あまりにも落ち込んで、一度は諦めて日本へ帰ろうと思ったのですが、学校の先生が声をかけてくれたり、看護とは関係ない友人に話しを聞いてもらったり、江原啓之さんや美輪明宏さんの動画を観たりしていたら、万が一強制送還と言われても、ただ自分の国に帰るだけだと思えるにようになりました。こう言ってしまうと星さんに怒られてしまうかもしれませんが、頑張ることをやめて、そのときは、とりあえずアメリカに慣れようというスタンスで乗り越えたのです。

学校のスケジュールに関しては、予定通りにならないことが多いので大変でしたが、勉強内容はどれも自分の興味があることなので楽しいです!先生たちは私たちが看護師として知っていて当然という姿勢で授業が進むので、「私、それ知らない…」と思うたびに日本とアメリカの看護師のレベルの違いを思い知ります。笑ってごまかせる先生ばかりじゃないので、授業中質問されたときは、毎回緊張して自分でも何を言っているのか分からなくなってしまいます。

余談ですが、アメリカの学費に関しては、外国人だから高いとずっと思っていましたが、大きな大学や専攻によっては、アメリカ人にとってもとてつもなく高額です。ローンを組んで学校へ行く生徒がほとんどです。そのローンを返せるだけの収入がある仕事に就けば、また進学できますが、限られた職種だと思います。そんな中、短期間で学士が取れる学校を紹介してくれ、入学のサポートをして下さった星さんには本当に感謝しています。

アメリカ生活で感じること
アメリカ生活において、最も苦労している点は 文化の違いと言葉です。予定通りに物事が進まないのは日常茶飯事。それに慣れてしまって、不平を訴えないでいると、それはそれで事が進まなくなるので、逐一、不平不満を訴えなくてはならないので一苦労です。

文化の違いについては、ある時、行政管轄のところから来た手紙を間違いがあったら嫌なので読んで欲しい、とホストファミリーにお願いし、感謝の意を伝えると”You’re welcome! I like helping people!” と言われました。私の本音は(それぐらいでHelping people?! )でしたが、それは私が、困っている人がいたら手を貸しましょう、という日本の風潮を基準にしているからだと思いました。日本の良いところでもありますが”察する”とか”言われる前に行動する”というのは、日本独自の美徳であって、それをアメリカ、特に大都会LAに求めるのは御門違いなんですね。こちらの基本は、手を貸して欲しいと言わないと伝わりません。そもそも、この”手を貸して欲しい”という他者への期待が日本人の独特の感覚なのかもしれませんが…。しかしながら、いわゆる”手を貸して欲しい”ことは日常茶飯事起こるし、誰しも必死に生活しているので、当たり前ですが、自分の足で立つほかないのが現実です。その違いに気付くだけでも、暮らしやすさは変わるかなと思っています。

慣れない異国で、人の手助けがないと生活できない自分に嫌気がさしますが、それを上回るのが、英語の壁です。特にLAは日本人の数も多いので、英語漬けの生活は望めません。多様性を持つ都市ですが、それぞれのエスニック・コミュニティも大きくいろんな言語が飛び交っているのです。以前、同じ年ぐらいのアメリカ人(20代)が話すのがとても速かったので”Can you speak more slowly for me? “と言ったら”You’re so funny!”と笑われました。何か冗談を言ってると思ったようです。彼女には”普通に話すことが外国人にとっては速い”という概念すらなかったのです。「ネイティヴ・スピーカーは喋るのが速いよ」と言うと、ようやく理解したようでした。語学を勉強したことある人や日本に興味を持っている人だったら、同じ経験をしているので、ゆっくり話そうとしてくれたり、伝わらない英語でも話しを聞いてくれようとしますが、そうではない人が多いです。

また、1年経ってようやく少し英語に慣れたような気がしますが、なんとか聞き取れはしても返答がうまくできず、短くて雑な英語になっていることがあります。日本だったら、外国人だからかな?と思うかもしれませんが、アメリカではそのままの自分となるので、英語が未熟な分、態度だけでも失礼のないように「私は今英語を勉強中だから下手な英語でごめんね。今の私の言っている意味分かりましたか?」と相手に伝えることにしています。

アメリカの看護師事情
実習のスケジュール調整がうまくいかなかった間に、いくつか病院やクリニック、ナーシングホームで働くRNの様子を見ることができました。また、看護学校入学後、星さんのアドバイスを基に日系のクリニックでボランティアをさせてもらっています。日本では、法律上、看護師はドクターの診療の補助として働きます。もちろんこちらでも看護師とドクターの業務内容はきちんと決まっているものの、現場の感覚では、ほとんど同じ土俵にたって働いていると感じています。ボランティア中に、オフィスのドクターに「日本では(その知識で)RNなんだよね?」と何度も言われました。日本でもそうですが、ドクターはさらに患者さんのそばにいる時間が短いため「こういう指示をお願いします」と看護師が率先して判断し依頼しているような気がします。日本は病院や施設でマニュアルがあり、それに沿って処置をすすめたり、本屋さんで分かりやすい”医療あんちょこ”がたくさん売っていますが、こちらはそういうのはないようで、看護師一人ひとりの知識と技術をその本人が背負っている気がします(1人当たりの看護師が受け持っている患者数も違いますが)。

また、アメリカは保険の種類がたくさんあり、大統領が変わるごとに医療保険の意向も変わるので複雑です。患者さんが加入している保険のプランによって、診てもらえる病院やドクターが異なり、いくら薬代をカバーしているかなどが変わるのです。こちらの患者さんは、保険がカバーしてないから毎月は採血できないとか、薬代が高いのでジェネリックに変えられないかとか、検査の結果、電解質が低かったから他のドクターにもう一度見てもらいたいなど、自分の意見をどんどん主張しますので、ドクターは患者さんの健康状態はもちろんですが、個々の事情や情報を基に、治療の方法を決めて進めているようです。

現在私がボランティアをしているオフィスには、旅行や出張、留学で来院する日本人も多いですが、当然アメリカ人や外国人もたくさん来ます。日本同様に、患者さんに薬の作用について聞かれることも多いです。どうしてドクターは私の薬を変えたの?この薬はどう作用するの?と聞かれるのは私たちで、患者さんがドクターに質問しづらいと思うのは世界共通なのかもしれません。日本では、薬と一緒に薬の説明書が印刷され、それを基に患者さんに説明できていましたが、アメリカではそのようなシステムはありません(日本のお薬手帳システムが世界に普及してほしい!)と思う事がドクターズオフィスでは見かけます。とはいえ、CVS(ドラッグストア)などで受け取る処方箋の場合は説明書がついていますが…。 とにかく、ボランティアとはいえど、考えられる薬の副作用も頭に入ってないといけないですし、アレルギーの種類もたくさんあります。採血の項目も人種によって高めに出るものもあるのです。薬や造影剤が何でできているか、自分が知っている前提で、ドクターが出す処方やオーダー内容を確認できる存在でなければありません。

ボランティアをしていて、嬉しかったことと言えば、高血糖や高コレステロールの患者さん向けに食事指導の紙を配るのですが、日本人の患者さんにとっては、日本人向けの食事内容ではないし、文字も小さく全て英語。長くLAに住んでいても日本語のほうが分かりやすいのは当然です。なので、日本のウェブサイトから見やすいものを印刷して、患者さんと一緒に座りながら、食べない食材はこれに変えたら良いなど本人に合ったものに訂正して渡したら、こんなことされたことない!と感激してくれたことです。日本の看護の良い面を出せたような気がして嬉しかったです。

卒業後の目標
渡米するまで、ここまでアメリカ生活が大変だとは思ってもいませんでした。星さんのサポートなしでは看護学校に入学することも難しいとは分かっていましたが、それと同様にコネクションなしで仕事に就くのは不可能なような気がします。また、たとえコネクションがあって仕事が見つかったときに紹介されても、自分が看護師として恥ずかしくないレベルでなければ意味がないとも思います。

LAのRNとは英語のレベルや知識の違いも大きく、胸を張って働けるレベルではない以上、大きなことは言えませんが、私の目指している看護師像は、どこの国のお母さんたちにでもアドバイスや選択肢を与えられる立場になることです。ドクターの通訳でも良いですし、栄養指導、避妊・不妊から子育て、健康管理について、どこの国のお母さんの悩み事にも対応できる看護師になりたいです。しかし、まずは英語のレベルを上げることとNCLEXをパスすることに全力を注いでいきます!また非常に難しいのは十分承知していますが、卒業後は新しい分野であるマタニティか子供関係の仕事ができたらと思っています。もちろん、今後の私の看護科での頑張りが必須なことは承知しています。ですから、まずは「アメリカ看護」の永住権プログラムに推薦され採用して貰えるような人材になれるよう頑張ります。推薦して貰えるかどうかも確定ではないことは理解しています。そんな人材になるには大変な努力が必要なことも、重々に理解しております。

ここが聞きたい!「アメリカ看護」からの質問

Q. 看護留学斡旋会社に対する不安はありましたか?
「アメリカ看護」さんも含めて、私が最初の頃持っていた不信感というのは、お金儲けのための留学プログラムの1つかもしれないという不安でした。前のコラムでも書きましたが、それはオーストラリアの看護学校のようなところに入って、卒業してもテストにすら受からない人の話を聞いたりしていたからです。もちろん星さんが、この私との数年のやりとりの中で、私からのどんな聞きにくいことにも的確に答えてくれてきたので、信じてここまできたわけですが!

実を言うと、私の最初のタームの成績は惨憺たるもので、これでは学校は続けられない。私のアメリカ生活終わりなんだと落ち込みました。同時に、星さんには騙されたとまではいきませんが「これで、今までの私の計画はパーになり、おまけにお金も全部失ってしまった」という気持さえ持っていたんです。そんな時、看護科の教授が何度か声をかけてくれて、話しを聞いてさまざまなアドバイスや説明をしてくれたので、私の勝手な八つ当たりであると知りました。

実際のところ、アメリカで看護師になるのは大変です。私が看護学校に入る前も、ホストファミリーの知り合いやミートアップと呼ばれる交流会で出会った人、さらには看護学校に編入してから始めたボランティア先のセラピストや仲間たちも「看護科に入るのは大変だった」「友達が大変そうだった」「看護科入るのに1年待った」と、皆口を揃えて言っていました。

Q「アメリカ看護永住権プログラム」に関する情報はどうやって入手しましたか?
以前からアメリカの正看護師として永住権を取り働いてる方のお話しを聞いていました。それから、アメリカ看護留学のコラムは毎月読んでいます!「永住権についてのコラム」があがったのは最近ですよね。”永住権スポンサーシップ”は看護に限らず、この言葉を見たり聞いたことが以前からあったので、うっすら頭の中には常にありました。ただ、看護留学を計画していたあの時は、そんなの留学生には関係のないことだと思っており、何よりもまず留学!という気持ちでした。

当初、私は看護学校入学も卒業後も、星さんにしっかりお世話になるつもりでいました(笑)。就職先やOPT先を紹介してくれるとか、そんな甘い気持ちでいたのです。そもそも、LAに来るまで、アメリカで働くために何が必要なのかということさえ、まったく分かっていなかったのです。正直に言えば、もっと簡単にアメリカの病院で働けるとも思っていました。日本にいた頃に、アメリカは看護師が足りないから誰でも雇うみたいな話を聞いたことがあって、それをうのみにしていた記憶があります。 LAに来てから知ったことがありすぎて、自分の知識のなさにびっくり。私にとって、看護留学は看護師になるだけではなく、いろんな意味で成長できる機会だと思っています。これからも頑張ります。


星宣子から
ロサンゼルスでの生活も慣れてきた頃ではないでしょうか?

「何でこうなの?日本だったらありえないのに」
「何でこういうことが許されるの?」
「アメリカで合法的に働くって簡単じゃないんだ?」
「留学生って滞在資格取得するのに大変なんだ!知らなかった!」
「アメリカ永住権のスポンサー探しって、本当に半端じゃなくシビア!」

看護留学に限らず、特に、渡米したばかりの頃は、知識がないあまりに不満が爆発したり、根も葉もないウワサに惑わされがちです。つまり、誰でも簡単に自分がやりたい職に就けて暮らしていけるということは大変なのです。私は、看護留学しかもこのアメリカで専門職に就こうとする皆さんに必ずお伝えしている言葉があります。それは「忍耐/ガッツ、経済力、判断力」です。これは私自身がアメリカ生活で通して学び経験したことです。ですから渡米しても渡米してからも、私の米国生活・看護留学に関してのコメントは一貫しています。

厳しいことを言うようですが、カウンセラーである私が意見をころころ変えているのではなく、留学を志して、その夢を果たしたものの、海外生活しているうちに、留学生ご自身がアメリカで受ける待遇や不都合、自分の力の無さを誰かや会社のせいにして自分を正当化したり、誰かと勝手に比べて自分の良さを見失ったりしているのではないかと思います。誰でも迷うことはありますが、まずは、自身を見つめ直すことが必要だと思っています。

看護師には、専門職者である限り、語学留学とは違って、絶対避けては通れない道があります。私は、皆さんにはその避けては通れない道を、堂々と胸を張って通って行ける人間であって欲しいと思います。私は、今も昔も甘い事ことは決して言っていません。実際にアメリカ生活は甘くないからです。現実を見据えた行動を取れるように、正確な情報を看護留学希望者に伝えています。そして、これからも自分の足で歩き集めた最新情報を収集していきます。

「誠実に!!!」これは私のモットーです。今後の看護学生生活と看護師としてのキャリアを積んでいって欲しいです。応援してます!

maya
ボランティア先でお世話になっている方々です。緑のスクラブを着ている先生は80代です。

2017年10月掲載
※インタビューは、2016年9月に行なわれました

Q: 数あるエージェントから弊社を選んだ決め手は何ですか?
A: はっきり言って、星さんしかいませんでした。エージェントを通さずに、自分の力で看護科に入学しようと、何度か日本からアメリカの各看護学校に問い合わせしたことがあります。しかし、しかしいくら待っても、一度として返信はありませんでした。そこで、日本国内はもちろん、アメリカの看護留学斡旋会社エージェントに連絡を取って話を聞きましたが、日本のエージェントは、一社として正確な情報を持っているところはありませんでした。ある看護留学会社には「自分たちはよく分からないから」と星さんを紹介されたほどです。またほとんどの看護留学エージェントに、オーストラリアやカナダ、ニュージーランドで看護師になることを勧められ、さらに莫大な費用を請求され、とても無理だと思いました(後に、アメリカの大学で看護を勉強するということは多大な費用がかかることを知りますが)。そして 星さんの会社も、初回無料カウンセリング後はたとえメール1通でも料金が発生する、ということで、後回しにしていました。

Q: 弊社におけるサービス内容で、他社との違いを感じたことがあれば教えてください。
A: 情報量の多さと看護師さんの事例の多さです。アメリカには日本から来た看護師さんの数ほど事例があり、 一人ひとり状況も違うことを星さんから聞きました。実際の数は聞いたことはありませんが、星さんの話を聞いてるだけでも、これまで数えきれないほどの看護師さんにお会いしていらっしゃるようですので、他のエージェントさんでは、アメリカでの看護留学の知識や情報量に関しては、星さんに適う人はいないだろうなと思いました。

Q: 看護学校合格までの道のりで辛かったことは何ですか?
A: 「星さんを信じることだった」かもしれません(スミマセン)。実は、看護留学を決意し、リサーチを始めてから、頑張って働いて節約したのに、結局騙されて貯めたお金を一瞬で失った人や、ほかの国で看護師になろうと目指して行ったものの、夢叶わず帰ってきた人たちに会ってきました。私も「本当に大丈夫なの?その会社は信用できるの?」と周囲からもさんざん言われてきました。情報収集する中で、アメリカの嫌な話しもたくさん入りますし、自分の夢を応援してくれる人だけではありません。気分が落ち込んだときは、丸一日起き上がれず泣いて寝込んだこともありました。

Q: それを乗り越えられた秘訣は何ですか?
A: 母からの手紙や家族や友達、上司とのメールのやりとりを見るたびに、ここまできたらやるしかないという思いました。それからいろんな経験を重ね、ようやく心から「星さんを信じることができた」こと。星さんは学費やアメリカ社会のこと、人間関係など聞きづらいことでも何でも丁寧に教えてくれました。そしてどんな質問にも的を得た返答をしてくれました。真摯に向き合ってくれたからこそ、星さんを信用することができたのだと思います。

Q: カウンセラーとの個別面談について教えてください。
A: 星さんとの面談の後は、いつもポジティブに自分の未来が想像することができました。星さんは看護留学エージェントや留学カウンセラーという役職よりも、一人の信頼できる大人として、ずっと頼っていました。

Q: これから看護学校入学を目指している方へのメッセージをお願いします。
A: 文化も人種も違うここロサンゼルスですから、渡米後は何かしら必ず問題が起きます。そのとき自分の言いたいことが言える、アメリカ人の言ってることが分かる、それができれば、問題が起きても大丈夫だと思います。なので英会話レッスンはしてきたほうがいいと断言できます。ここロサンゼルスはアメリカ人でさえ、生きるのに必死です。学校の先生でも、2つ仕事を掛け持ちしているぐらい、物価も高く、忙しく、他人のお世話をしてる余裕はないです。そんな時でも、どうやって一人で誰にも頼らずに生活できるか?と計画を立てていけば大丈夫だと思います!

Q: アメリカ看護 代表 星へのメッセージをお願いします。
A: 星さん、こちらにきて半年と少し経ちますが、何が個性で何が自己中心なのか、何が常識で非常識なのか、さっぱり分かりません。この多種多様な文化が入り混じる街に自分は馴染めているのかいないのか、今はまだ模索中ですが、目の前のやるべきことをとにかくやっていこうと思います。留学を果たしたものの、星さんとはこれからもお付き合いが続くことは分かっているので、それだけでも、とてもとても心強いです。この先どうなるかまだ分かりませんが、感謝の気持ちを忘れずに過ごしたいと思います。まずは看護学科編入まで本当にお世話になりました。そしてありがとうございました。


星宣子から
Mayaさんから初めてお問い合わせいただいたのは、2016年5月でした。「アメリカでの仕事についてお聞きしたいのですが、なかなか他のところへ連絡しても返信がなく困っています」という内容でした。この時は、アメリカでの看護留学に関して、情報収集中である事が分かったため、そのまま続けることを勧めました。私との無料カウンセリングは1回のみですので、基本的にご連絡をいただいた方には、私が現地で情報収集した最新情報を全てお伝えしようと心掛けています。そんなわけで、予定時間を大幅にオーバーすることもしばしば。Mさんとの初回カウンセリングも、案の定、時間オーバーしたことを今でも思い出します。看護科編入前の語学学習も、じっくり英語力を上げたいという希望で、3カ月間延ばし、その努力の甲斐あって、医療英語受講修了後に、即、看護科編入を果たしました。

Mayaさん、ようやく看護留学のスタートラインに立ちましたね。迷った時や困った時こそ、初心に返ることを忘れずにいて下さい。

maya

たまにサイクリングに行きます。通りすがりの人みんなに声をかけられるので、びっくりしていましたが、アメリカでは道に1人でいる人を無視することは失礼だからと聞きました。文化の違いにびっくり。

maya

初めて友達とワイナリーで有名なテメキュラという街に1泊旅行しました。カリフォルニアのワインは本当においしいです。