留学体験談

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Yukoさん

アメリカ病院での就職と病院現場で働くということ

海外留学をしようと思ったきっかけ
つい1か月前に、自分自身が病院看護がしたいのか訪問看護がしたいのか迷っていました。その目標が揺らいでいた状態で、何か解決の鍵はないかなとインターネットで情報を探している時にアメリカ看護のホームページ http://americakango.com/report-april2018/
にたどり着きました。半年前にワシントン州からカリフォルニア州へ引っ越しをしてきて、地元の病院に手あたり次第に履歴書を添付してインターネットで就職活動を行いました。訪問看護のお仕事の応募もしましたが、条件を満たしていないということでお断りのメールを受けました。その後、いくつかの病院から面接のお話しをいただき、その内の一つの病院から即日返事をもらい、今に至ります。病棟で働き始めてからも、訪問看護のことが頭から離れずにいました。アメリカ看護の星さんとお話しをさせていただいたのは、そんな時です。初めての電話でお話を始めてからすぐに星さんは、「凄く良い!訪問看護はこれからどんどん需要が高くなるから、ビジネスになる!!」とおっしゃっていました。

電話前にメールをさせていただいた際に、今後の目標は訪問看護をやってみたいと星さんに伝えていたので、この星さんの生の声は心強いものでした。そこで私は訪問看護のお仕事を断られたことを星さんに話しました。私はワシントン州で1年半アメリカ病院勤務の経験をし、他の看護の分野も目指せると思っていたので、条件を満たさない理由は4年制大学を出ていないせいか、病院勤務が短すぎるせいだという自分なりの考えを話しました。すると、星さんはカリフォルニア州の看護事情を詳しく教えて下さいました。カリフォルニア州では新米看護師になってから急性患者を診る病院(Acute care)の経験が最低3カ月は必要で、その後半年はAcute care で働き、合計9カ月くらいの経歴があればどの看護分野にも転職しやすいということでした。ただ、私の場合はAcute care 経験はありましたが他州からのRN資格免許書き換えでしたので、カリフォルニア州での看護経歴が雇用者が検索しても出てこず、経歴がない状態なので条件が満たさないという結果になったのではないかということでした。なるほどと思いました。

経歴を積み立てていけば、雇用者側の検索にも自分が引っかかってくるというわけですね。アメリカでは転職などの場合、雇用主はReference といって雇用者の現(前)雇用主や同僚などに直接連絡をして、雇用者の性格や仕事への態度などの情報を聞き、雇用主がその内容を信用して雇用に至るという形になります。それに加えて看護師の場合は、州の資格を持っていることが最低条件になるので、私は最低条件を満たし、応援してくれる元勤務先のマネージャーと同僚のお陰で仕事を得ることができたということですね。この、周りで自分のことを売り込んでくれる仲間がとても重要な役割を果たすんです。どれだけ自分が次の雇用主に対して必要な存在かということを伝えてくれれば雇用に成功する道となるのです。星さんは同じカリフォルニア州で頑張って日本人看護師になった方々のReferenceになり実際に就職へ繋げているという話を聞き、情熱がありエネルギーがある強い味方だな!と思いました。

(1) アメリカの病院職務について、また、アメリカ病院ルーティン内容に関して教えて下さい。
私が現在働いている科は、Stepdown unit(Transitional care unit とも言います) といって、患者がICUに行くまでもないが、急性な症状が出ていて点滴を投与し頻繁に容体を確認しなければならなかったり、術後で強い痛み止めの点滴を打っている患者や、人工呼吸器をつけている患者など、状況は様々です。

例えば、不整脈(Atrial fibrillation)で心拍数が異常に早くなっている患者さんが点滴でDiltiazemという薬を受けているとします。私は患者さんの心拍数と血圧を確認し、心拍数を通常な心拍数になるように点滴のDiltiazemの投与量を医者の指示している範囲内で調節します。Diltiazemの投与量を変える場合は、血圧も変化するので、その経過も注意して診ていなければなりません。同じくして、Diltiazemの錠剤も投与をしたりするので、その都度、患者の心拍数と血圧を確認します。人工呼吸器がつけられている患者さんの場合は、呼吸療法士と仕事をします。機械の設定などは呼吸療法士がしてくれますが、機械がどの設定になっているかの確認や、アラームが鳴っていたら、問題点を探して直したり(それでもわからない場合は呼吸療法士に来て診てもらいます)、首に入っている管を新しいものに交換したりします。最初は慣れずに慎重になりますが、プロとしてお金を頂いて患者さんをお世話しているわけですから、気を張りながらお仕事をするこの慎重さが大事だと思っています。

看護師として、ナースエイド(看護補助)がする仕事内容もします。患者の体を拭くのを手伝ったり、トイレへ行くのを補佐したり、日本で働いている看護師さんでしたら当たり前にすることも、アメリカは業務の細分化でそういった作業をやりたがらない看護師もいます。しかし、同じ患者をお世話しているので、私は自分が手伝える場合は積極的にナースエイドのお仕事もします。

(2) 同僚との連携体制はどうですか?ご自身で心掛けている事などありますか?
ほぼ毎日、受け持ちの患者が変わるので、患者の情報を引き継ぎは、毎シフト必須です。アメリカの病院は患者の入院期間が短く、少しでも容体がよくなるとすぐレベルの軽い科へ移動したりするので、早いペースで物事が進んでいきます。同じ患者を受け持ったとしても、同じ科に滞在しているということは、容体が良くなっていないということで、良くなっていない症状に対し、新しい処置のプランが立てられてたているので、その際の伝達や引継ぎは必要になります。SBARという方法があり、効率良く伝達報告する医療関係で使われる手法です。この方法は看護学校の頃に学びます。経験を積むごとに慣れていきます。話すのが早い相手に当たると、聞き逃したりすることもあります。聞こえなかった部分は、聞き直したり、繰り返して確認するようにしています。また、より情報がほしいなと思った個所は、ここはどうなのかと最後に聞き出したりしています。医者とのやり取りもそうですが、不明点は恥ずかしがらずに何度も聞いて、確実に理解するというのが重要だと思います。

(3) 同僚とのエピソード
私は新米看護師だった時に一緒に組んで仕事を教えてくれた先輩看護師に恵まれました。彼女は一つ下で3年目の看護師でした。ケニヤから高校生の時に移民をしてきて、アメリカで看護師になりました。私も移民でアメリカへ一人で来てから、英語は第二言語で看護師学校へ行き、仕事をしながら自分の生活を支えて、看護師になるという似たような状況で、彼女は私の見方になってくれました。彼女は「私はあなたの苦悩も痛いほど分るし、あなたがどれだけ賢い人間なのかも分る。だから、自分のやってきたこと、やっていることに自信を持ちなさい。」と毎回言ってくれます。州が離れても電話で近況報告をします。彼女は、「あなたの患者、私の患者ではなくて、私たちの患者と思いなさい。分らないことが出てきたら人に聞いて助けてもらいなさい。いつかあなたも新しい看護師を助ける時が来るんだから。」ってGive and takeの精神を教えてくれます。彼女は看護師としても素晴らしいですが、人間としても尊敬しています。


(4) 心に残っている患者とのエピソード

最近、日本人の患者さんを受け持ちました。丁度私がシフトを始めたときに、救急病棟からStepdown unitに来ました。私よりも前に患者の情報を聞いた看護師から、「この患者さんは英語を話せるらしいけど、中国語が第一言語みたいだわ。」と聞いていて、名前を見たら「Sayoko (仮)」と書いてありました。うーん、日本人の名前だよな。中国で生まれ育ったのかなと思っていました。いざ、患者さんが運ばれてきて、「私はYukoで、あなたの看護師です。」と自己紹介をしました。(アメリカでは、まず初めに患者に会ったら、必ず自己紹介です。)すると彼女は日本語で「日本人?」と聞いてきました。「そうです。Sayokoさんも日本人ですか?」と聞くと、返答がなく、耳が遠いようでした。近くで手伝ってくれていた看護師は返事がないSayokoさんを見て、痴呆が入っているのかもよ~。と言っていましたが、紙に日本語で質問を書いてみると、「そうよ、横浜生まれで、ずっと昔にアメリカに来たのよー。私は初めて日本人の看護師に会ったわ。」と返してくれました。
また、耳が遠いこと、家族のこと、今日は何日で、なぜ病院に来たかなど、いろいろ教えてくれ、頭ははっきりしているようでした。誰がSayokoさんは中国語を第一言語で話すって言ったんだ。きっと、他の看護師が中国人と日本人が一緒に見えて、勝手に中国人と判断したに違いない、、、と想像しました。加えて耳が遠いと会話のキャッチボールが上手くいかなかったりするので、本当に患者さんが困惑しているのか等、やり取りするうえで時間をかけて違う方法で試して判断する必要があります。Sayokoさんの場合、私と筆談と会話を日本語で行うことができたので、他の看護師とのやり取りよりもスムーズにお世話をすることができたと思います。日本人看護師の利点は、たまに来る日本人の患者さんやその家族の役に立てること、そして患者さんの中でも日本が好きな方が多いので話のネタに日本のことを話したりします。

(5) Yukoさんの平日日課を教えて下さい
平日は仕事の日もあれば、休みの日もあり、週末は隔週で働いています。お休みには友人とランチしたり、ジムに行ったり、今度ヨガにも行ってみようと思います。今年の夏から、学士号を取得する為に学校が始まるので、また仕事と勉強に専念する日々が続くかと思います。そうなると、友人と遊ぶ時間やジムに行く時間も無くなるので、今のうちに羽を伸ばしておこうと思っています。

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私が、アメリカ看護師として今後の目標を打ち明けられる場所がなかなか無く、もやもやしていた時に、星さんに相談に乗っていただいて、心強く思いました。次から次へと出てくる星さんアイディアで私の視野が前に向いてきました。星さんの発想はとても自由で経験がなければ出てくるものではないと思いました。本人が本気でアメリカで看護師にりたい、そして、働きたいと思ったら、星さんはその個人の状況によって様々なアドバイスをくださいます。どんな方にも参考になります。今、与えられた機会を生かして、経験を得て、少しでも目標に近づいていけたら良いと思っています。これからも日本人看護師の応援をお願いします!

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RYO S.さん

2018年7月更新

英語力ゼロから始まった語学留学、そしてアメリカ看護科編入を果たす

《プロフィール》
看護学校卒業後、昭和大学病院救急センター・日本大学病院救急センターにて十数年勤務後、2014年アメリカへ留学。2017年アメリカでRN(Registered Nurse)を決意し現在Nursing Collegeに在学中。

どのようなきっかけでアメリカへ留学を目指しましたか?
日本で看護師の夢を実現し、看護師になろうと決めた時の看護ビジョンを達成し次に自分はどうしていきたいのか考え始めていた時、もう1つの海外留学の夢が強くなり行くなら今だと決意してから6ヶ月後にはアメリカへ留学していました。

渡航時の頃と現在の心境の変化を教えて下さい。
アメリカへ来た時、1年間語学学校へ行き帰国を考えていました。しかし状況が変わりアメリカでの生活も考え始めていたこの時、初めてネットでアメリカ看護を知り連絡させて頂いたのが3年前でした。何度も相談やたくさんの情報を頂きましたが、結局私の中でstay状態のまま行動する事が出来ませんでした。きっと不安や自信が明確にならず自分の決意が100%になれなかったのだと思います。2017年、祖母が亡くなりました。祖母が危篤と父から連絡を受けた時、父より「今すぐに帰国して欲しい、もし自分がやりたい事があるのなら帰国せずアメリカに滞在しなさい。自分の答えはどうなんだ?」と伝えられた時、「アメリカに居たいです。」と即答していました。3年の間にたくさんの経験をし、やっと真剣に自分と向き合い直した時期となり、アメリカで看護にチャレンジしようと決意が固まりました。私の中でStay状態であった気持ちが2017年12月100%のGo状態へ変わったと同時に、星さんへ再度連絡していました。

私は、実際に看護を目指して留学した訳ではないので、看護留学関係のエージェントを調べての渡航ではないので看護留学に関してあまり言えませんが。

ただ1つ言える、ネット上で見つけたを他の留学会社と比べると、America Kangoの文字に強く興味を引かれたのと、星さんの裏表が無く表現する人柄に引かれコラムを全部読んだ後、星さんの人生観に共感し星さんをもっと知りたいと思ったのがAmerica Kangoを看護留学エージェントを選んだ理由です。

アメリカ看護のどのようなサポートにひかれてのお申し込みでしたか?
Freeカウンセリングを申し込んだ時のレスポンスの早さ。そして緊張していた初回の星さんとのSkypeは一番印象的でした。本当にFreeなの?と思ってしまうほどすべての情報を星さんから提供して頂いた事に加え、初めてとは思えない星さんの強い意思の中の親しみ感とエネルギーに、一瞬でわたしの感覚は間違っていなかった!、星さんとなら本心でぶつかり信頼していけると確信しました。

看護科編入迄のサポートはどうでしたか?
看護を目指すと決めてから看護科編入まで3ヶ月しか無かった無茶ぶりにも、看護科編入までの道筋を明確に示してもらいました。 星さん・りかさんの的確・迅速な対応は完璧です! 

編入試験勉強はいかがでしたか?
私は十分に編入試験の勉強は出来ませんでした。それは試験当日の問題を見て、生化学があると知った時は愕然としました‥‥医療英語を受けてたのでなんとか切り抜けれた気がします。

看護学校編入決意後の様子を教えて下さい。また、午前中は語学、午後は医療英語を受講されての感想もお願いします。
朝家を出て日付が変わる間際の帰宅の状態で、最初は疲れも半端なく大変しか感じませんでした。しかし自分の目標が明確になっていたので、やってやる根性で途中から心地よい充実感に変わりました。

医療英語はどのように学習していましたか?
初日は、単語も長くこんなのたくさん覚えられない‥‥何を言ってるんだとまさに頭の中は??だらけでした。予習する事で徐々に授業の内容も理解出来、復習する事で自分の疑問や理解不足を次回の授業で必ず解決する様にしていました。また、私は記憶や理解に人よりも倍の時間がかかるので、バスでの移動時間を復習に当て、数分でも教科書を繰り返し見る様にしてなんとか医療英語についていっていました。何と言っても先生が最高によかったです。先生はどんな時も笑顔で励ましてくれ、モチベーションを継続させてくれました。看護学校入学が決まった時は一緒に喜んでくれて、先生から頂いた手紙は一生の宝物の1つです。

渡米前後で比較してアメリカ生活は如何ですか?
渡米前は、日本での生活とは真逆の経験をしたくジーパンにTシャツで完全に何も無い状態でアメリカ留学に来ました。もちろん英語力もゼロ、私を知っている人もだれもいない、生活行動の知識も無い状態からのアメリカ生活スタート。この状態でも1年あれば十分満喫して帰国すると考えていました。現実は1年経ってやっとアメリカの生活に慣れ始め、笑顔でコミュニケーションをとりながら行動出来る様にはなりました。しかし、まだまだ知らない事だらけで日々新たな発見ばかり、刺激的な生活ではありますがその分苦労もたくさんです。どんな困難な状況でも、私はあなたのHelpが必要ですと自己主張出来、感謝する気持ちを持っていたなら必ず人の力を得ながら乗り越えられます。アメリカで過ごして、さらにポジティブな考え方と自分の意見を自信もって主張する様になったと思います。

カリフォルニアは日本人が多いと言われてますが、語学学校や生活でも日本人と接する機会が殆どなかった私は、3年過ごして日本人の友人は2人のみで実際のアメリカ日本人社会はよく分かりませんし、分かりたいとも思わないです。なぜなら、私自身、日本人・他国の人を意識していないので親友・仲間が他国籍でもお互い言葉の壁はありますが、刺激しあい信頼・尊重出来る良い関係を築いて行けているからです。

 

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カウンセラー星との個別面談についてはいかがでしたか?
私にとって、星さんとの個別面談はなくてはならない貴重な時間でした。看護を目指すに当たって相談はいつも豊富な情報量を提供。自分が納得するまで何度質問しても嫌な顔をするどころか、決めるのはあなた自身なんだから不安なことは何でもぶつけてと、必要な時はいつも時間を作り解決へ導いてくれ、「今集中はこれ!1つクリアする毎に次はこれよ!」とたくさんの事で頭が混乱している私に明確な道筋を照らし続けて頂きました。

これからアメリカ看護師としての抱負を教えて下さい。
看護へのチャレンジを決意してから看護学校編入。アメリカで看護師を目指すなんて考えてもいなかった自分が、皆さんと同じ看護の道のスタートラインに立てる事が出来たのは、星さん・りかさんのおかげです。本当にありがとうございます。
これからが本当の試練の始まりですが、看護師経験で身に付いた忍耐力と前向き行動を武器に、超えなければいけない状況を1つ1つ自分の力にして看護学校を充実させる事が今の目標です。
 

これからアメリカ看護学校入学を目指している方へのメッセージ
最初私は、アメリカ看護師を目指しての留学ではありませんでした。なので、America Kangoをサイトで読んでいる方には意気込みが違うので参考にならない経緯だと思うかも知れません。1つだけ私にも伝えられる事は、自分が本気で決心した時が、自分にとっての動き出す本来の時期が来たのだと思います。誰でも人生を決めていく上で、期待と不安の葛藤に襲われます。Stay状態が長くてもいいのです、Goサインが出た時は、どんな困難が来てももう進むことしか考えなくなるからです。これからアメリカ看護学校を目指している方へ、強い決心が着いたら是非一緒に同じ目標に向かって頑張りたいです!

新しいアメリカの環境へ一歩踏み出してみて下さい!!

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アメリカ看護 代表 星さんへ

最初に連絡してから再度連絡出来た時、約3年が経過していました。にも関わらず星さんは、最初にSkypeでお話しした時と変わらない笑顔で私を受け入れてくれ、空白の時間を埋めるようにたくさん話をして盛り上がってしまいましたね。この時から失礼かも知れませんが、以前からの親友だったかの様に感じてしまいました。なぜなら、わたしは星さんの女性としての生き方と例えマイナスの事でも包み隠さず話す姿に魅力を感じていたのに加え、時に強い私の自己主張に対しても「私と似てる。分かるよ気持ち。」と言ってくれ、医療英語の初日や看護学校編入試験日も、星さんがいてくれたらなと思う時に、必ず現れてくれたからです。医療英語初日は学校を間違える、看護学校試験は試験科目も把握してない状態と一番の問題児だったのではないでしょうか‥‥こんな私が無事に看護学校入学しスタートラインに立てたのも、星さんりかさんの支えがあったからです。本当に感謝し心からありがとうございます!

自分のペースで1つ1つ乗り越え努力して行こうと思います。星さんはこれからも私の必要不可欠なエネルギー源なので、看護学生・看護師の夢を叶えたとしてもこれからもどうぞずっと宜しくお願い致します。

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Hiroe Oさん RN

テキサスからカリフォルニアへ アメリカで看護師になる為に国内移動 !!

《プロフィール》
名古屋市立大学卒業後、大学付属病院のICU/CCUで勤務、院内のCPR/ACLSのインストラクターや外来看護に携わる。日赤医療センター献血ルーム勤務を経て、アメリカのテキサス州にてオーペアプログラムに参加。再渡米し、4年制大学の健康教育学部を経て、公衆衛生修士号を終了。地域の公衆衛生と研究に携わる。

海外留学をしようと思ったきっかけ
海外の文化や医療に興味があり、旅行が好きで大学時代に行ったオーストラリアのメルボルンでの短期看護留学体験や、アフガニスタンなどの紛争地で傷を負った子供たちが療養していたドイツの平和村でのボランティア経験から、言葉や文化の壁を越えて、看護の仕事ができたらと考えていました。

アメリカの看護留学に関して思うこと
看護師として在職中、アメリカのオーペアプログラムを知り、子供が好きだったこともあり看護留学を決める前に参加することにしました。滞在先の家族がとても親切にしてくれ、双子の世話をしながら看護留学の情報収集後に再渡米し、コミュニティーカレッジなどで基礎の科目を取りながらNCLEXの勉強と準備をしました。

私が住んでいたテキサス州にも大きなメディカルセンターがありましたが、都市部では看護師の供給が需要を上回っている状況でした。看護学部はアメリカ人でも入学競争倍率が高く、郊外の病院で経験を積んでからもしくは何らかの強い推薦状がない限り、新卒でそのエリアで働くのは難しいようでした。私も看護学部編入を考えていたのですが、外国人ナースへの道はさらに険しく、学校に入り直しても就職難から帰国する留学生が多くいる現状を知り、その時は一時断念しました。

公衆衛生学への進学/ Health Disparitiesという研究領域
テキサス州の大学でお世話になった先生が地域の健康教育や研究に関わっており、私も疾病予防や健康促進の取り組みに興味があったので、公衆衛生の分野に進学することにしました。私が卒業したプログラムは、Health Promotion and Behavior Sciences で、日本の地域看護の活動領域に重なるところが多くあるように思いました。 日本では、公衆衛生学は主に医学部を母体とした講座や研究室がまだまだ多いと思うのですが、アメリカではいろんな職種の人がその学部で学びます。私のクラスメートも、病院の医療関係者だけではなく、ビジネス、学校の教員、栄養管理士、地域のNPOで働いている人など様々でした。

私が専攻したHealth Disparitiesという研究領域では、アメリカの医療問題、人種や貧困などに関わる健康格差について議論します。これだけ医療が進んでいるといわれるアメリカでなぜ新生児死亡率が高いのか、低所得層の健康問題、高齢化社会に伴う医療ケアの増大など、アメリカが直面している様々な課題があります。

健康とは、WHOの健康の定義にもあるように、身体的な状態だけを指すのではなく、社会的にも精神的にも満たされた状態を意味しますが、薬物中毒や自殺など心の健康問題を通しても、健康である意味や目的、そのための医療や看護における役割など、考えさせられることが多くありました。

今回、テキサス州からカリフォルニア州へ引っ越すきっかけとその経緯
テキサスの小学校の保健関連の仕事で夜遅くまで授業の用意をしていた時、たまたま星さんのAmerica Kango の看護プログラムを見つけました。そのころはOPTも終わりに近く、自分のできることは全てやり尽くしたと思う一方で、志半ばで帰国の準備をしていた頃でした。どうして星さんのサイトに辿り着いたのか未だに不思議ですが、最後のチャンスのような気がし、すぐにメールで問い合わせをしました。

ただ、いろんな意味で底をつきかけていたので、今からカリフォルニア州へ行くのはとても勇気がいりました。またゼロからのスタートのような気がして本当に不安でした。いろいろ考え悩んだ末、自分自身と改めて向き合った時にやはり看護の道に戻りたいという思いが強くあり、カリフォルニア州へ引っ越して看護学校へ転校することにしました。今でもまだ、朝起きると自分がどこにいるのかと思うほど、この数カ月で物事が目まぐるしく変化し、それにまだついていけていない自分がいます。

アメリカの文化と生活
アメリカに来て、言葉の壁以上に想像もしていなかったような大変なこともいろいろ経験しました。アメリカ人のクラスメートに貸した私のノートをテスト1時間前に返されテスト勉強ができなかったり、何日も前から予約の確認をして遠くまで運転して行ったのに予約をすっぽかされたり。

私は人種という区分で人を見るのは好きではないですが、アメリカは人種の坩堝(るつぼ)というだけあって、いろんな国や文化を背景にもった人の集まりで成り立っています。何が正しく、どちらが間違っているというのではなく、いろいろな価値観が共存した国、それがアメリカだと思います。人は徒に「幸せ」を求めがちですが、実は、良い事も悪い事もすべてが必要な巡り合わせでできていて、それを本当の意味で「仕合せ」と呼ぶように、アメリカでの生活はいろんな意味で自分を成長させてくれる学びの場になると思います。

America Kangoのサポートに関して
エージェントを通した留学は費用がかかると思い、今まで自分でやってきたのですが、自分ではどうしたら良いのかわからない部分も沢山ありました。星さんとのSkype相談では、そのわからなかった部分や知らなかったことを本当に納得するまで答えてくださり、出来ること/出来ないことをきちんと説明してくださったので、自分の今後の計画を立てる上でとても役立ちました。看護学校編入の手続きが完了するまでサポートして頂いたので安心できました。

また、この看護プログラムに参加された方の体験談を読み、いろんな道を経てここに辿りついた方の勇気に後押しされ、看護の道へ再度、挑戦する決断ができました。

今考えて思うこと
渡米直後は、自分が子供に戻ったかのように今まで一人で出来ていたことができなかったり、会話が理解できないなど、なんともいいようのない孤独感があったのを覚えています。

物事の過程の途中にいると、自分の選択は間違っていたのかもと後ろを振り返り後悔したり、自分と周りを比べて自信を無くしたり。また、先を見すぎて不安と焦燥感に苛まれたこともありました。そんな時、いつも私を支えてくれたのは家族であったり、身近にいる友人であったり、たまたま通りかかった人の温かさや、何気ない小さな優しさでした。

私一人では乗り越えられなかったと思います。沢山の人の支えや言葉で、またこうして自分の本当にやりたい事にチャレンジ出来る事に感謝でいっぱいです。

今後の抱負と星さんへのメッセージ
今回、星さんを通して沢山の勇気をもらいました。初めてSkypeでお会いした時、遠回りをして時間ばかりが無駄に過ぎていったように感じていた私に、「辿り着ければ時間と年齢は関係ない。」と話された星さんの言葉がとても印象的でした。

アメリカでは、特に人との繋がりなしでは難しいことが多く、”外国人”である私一人の力には限界がある事を身をもって経験していました。そんな状況での星さんとの出会いは、何か止まっていた歯車が動き出したような「仕合せ」のようにも感じました。

この看護プログラムを構築するまでにいろいろご苦労されたと思いますが、星さんの人脈と開拓精神には本当に驚かされました。私が仕事で知り合った小学校の先生が「人は与えられることになれすぎてしまっている」と子供たちに話したことがあります。確かに、既存のものを確立するまでに、パイオニア(開拓者)といわれる人たちの努力と積み重ねがあり、その上で私たちはその利便性を手にできます。それをあたかも当たり前のこと(entitlement) のような錯覚を持ってしまいがちですが、与えられた特権(privilege you might be given)でも、そこから先は自分の努力次第 (you have to earn it, or it can be taken away)です。

また、私達は目に見えるものや結果だけで物事を判断しがちですが、本当は見えない部分やその過程が大事で、積み重ねられた努力やいろんな経験が自信となって、未来につながっているのだと思います。星さん自身スポーツで怪我をされたり、渡米後ご苦労された経験談などを伺い、どんなにすごいスポーツ選手でも誰でも、いろんな挫折や努力を経て、今に辿り着いているのだなと感じました。

Steve JobsのCommencement Speechに、点と点は後から繋がるというような言葉があるのですが、今無駄や嫌に思えることでも実は人生という名のパズルの中のとても大切なピースなのかも知れません。人生は、そのいろんな出会いと経験、成長の足跡でできた道なのかなと思います。私もこれからカリフォルニアでの生活を通して、看護師としても人としても成長していきたいです。

最後に、行き詰っていた私の前に道を開き、今またこうしてチャレンジする大切さを教えて下さった星さんにとても感謝しています。夢に向けて、次のステップに繋げられるよう頑張りたいと思います。

hiroe1Au Pairのホストファミリーと友達。

hiroe2Au Pair仲間と参加したNASAツアー

hiroe3JamaicaのICU看護スタッフ

hiroe4Jamaicaでお世話になったホストファミリー

hiroe5飼っている犬と旅行したコーパスクリスティ

megumi1

アメリカ看護留学セミナー夏セミナー参加者の渡航まで

2018年6月1日掲載

Midori S

《プロフィール》
東京都出身、32歳。大学4年時に進路変更し看護師となることを決意。
看護学校卒業後は手術室、外科・耳鼻科・泌尿器科混合病棟、内科外来、救急外来勤務。

(1) 海外での看護学校入学を目指そうと思ったきっかけ

母が外国人ということもあり、二か国語が飛び交う環境のもとで育ったためか元々物心ついた時から「海外で働きたい」という気持ちはありました。ですが大学時代は別の進路を希望、さらに経済的な理由も相まって、海外で働くことなんて夢の夢状態でした。大学4年時に進路変更してからは、とりあえず資格を取って看護師として働くということを目標に生活していました。無事看護師として働き始めてからも「海外で働きたい」という気持ちは残り続けました。3年目で大学の奨学金を完済し肩の荷が下りた時、また沸々と海外への気持ちが沸き上がりました。なんとなく暮らせてしまう看護師という職業、きっとこのまま10年、20年と気持ちを持ったまま生きるんだろうかともやもやしていたころ、結婚を機に姉のアメリカ移住が決まりました。結婚式でアメリカを訪れたとき、私は一体今まで何をそんなに恐れて一歩踏み出せずにいたのかとばかばかしく思えたのを覚えています(笑)。それからは海外留学・就職について情報収集し、星さんのところに行きつきました。もちろんNCLEXだけ受けて働くことも考えましたが、早く確実に海外で働くために看護学校への入学を決意しました。

実は、最初からアメリカへの看護留学を決めていた理由は、ずばり収入ですね。ワーキングホリデーにはあまり興味がなく、行くなら始めから就職できるような留学が理想でした。

私の調べた結果オーストラリアやニュージーランドは介護職での就職が多いような印象を受けました。カナダも含めて看護師の平均年収は日本と同じくらい、もしくはそれ以下でした。

日本では初任給こそ高いかもしれませんが、それ以降は主任、師長、認定看護師にならなければあまり収入は上がりません。上がるといってもたかが知れてます。

その点アメリカならば自分のスキル次第でお給料が上がると聞いています。夢があるなと(笑)

(2) アメリカ看護留学の渡米情報収集に掛かった期間はどのくらいでしょうか?

大体半年くらいでしょうか。「アメリカ 看護」で検索してHoshi World /アメリカ看護には早い段階で行き当たっていました。情報収集と思い他社や渡米者、アメリカ看護師などのブログを読み漁っていました。

看護師新人の頃、大手留学エージェントに相談したことがあります。そこではオーストラリアやニュージーランドでのワーキングホリデーを勧められました。アメリカへ留学を決意してからは、アメリカを拠点にする他のエージェントの資料も請求したこともあります。パンフレットの最後に「アメリカではVISA取得が大変厳しく就職も難しい」とあったのが印象的でした。絶望的な気持ちのままインターネットで軽い気持ちで、アメリカ看護留学へ相談メールしたところ無料相談を案内され、疑心暗鬼のまま星さんに相談しました。

「どんづまりだった私の夢に、なんて具体的に、なんて的確に、なんて明るく導いてくれるんだろう!!!この人」は、と相談終了時に自然と涙ぐんでいました。今思えば安心したんですねきっと(笑) そのあとも情報収集を続けながら、やっぱり星さんがいいと思いサポートを依頼しました。

看護師としてアメリカで働くこと、何よりもここにこだわってサポートしてくださってると感じます。ゴールはアメリカへ行くことではない、だからこそより具体的なプロセスとアドバイスを提供してくれます。私は、アメリカ看護/HWIを選んで正解だったと思っています。

(3) 渡航直前の気持ちを聞かせて下さい。

2017年12月に交通事故で脛骨骨折してしまって、今まで健康だけが取り柄だったのにどうしてこのタイミング、とかなりメンタルがやられていました。星さんとのカウンセリング前に骨折をメールで知らせ、渡米の延期も考えました。治る、いや治すと気持ちを奮い立たせました。VISA面接前、渡米直前でのカウンセリングでは足のことを気遣ってくださり、寮も学校近くのところにしていただきました。これには正直、、、感動しましたね(笑)。絶対予定通り渡米する!という気持ちが強まりました。先日渡米直前のカウンセリングを終え、9割に膨らんだ不安を減らしてもらい、落ち着いて渡米できそうです。

(4) NCLEX書類申請代行をお願いしての感想と経緯を教えて下さい。

私は資金が、かつかつなので自分で申請しようかどうかかなり迷いました。星さんにも相談しました。もちろん強制はされていません。これは自分自身で決めることです。悩んで悩んで、それから正式にお願いしました。結果、費用を支払ってでもお願いして良かったと、今なら思えます。NCLEXの書類申請を開始しなければわからないことなんです。どれだけ煩雑で、複雑で、めんどくさいか。。。書類申請のことで時間と労力を無駄にせず過ごせてよかったと感じています。

星さん!実はサポート依頼後しばらくは「もしかして巧妙な詐欺なのかもしれない。。。」と思っていたことをこの場を借りて謝罪させてください、ごめんなさい!ようやく実感がわいたのはNCLEX書類申請に追われたころです。毎回明るい笑顔と、初回から一貫性のあるアドバイスで元気をいただいてます。今は星さんのアドバイス通り、怪我のリハビリと日本食を謳歌しています。アメリカでお会いするのがとても楽しみ!アメリカでもよろしくお願いします!

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Megumi F

《プロフィール》
大阪府出身34歳。看護学校卒業後、転職を繰り返す。
29歳、念願であった海外語学留学(カナダ/トロントへワーキングホリデー:15ヶ月)を経験。帰国後、救命センターの病棟で4年経験。現在は、整形外科病棟勤務中。

(1) 海外での看護学校入学を目指そうと思ったきっかけ

ワーキングホリデーから帰国後も、海外へもう一度行きたいという思いが離れず、看護師として今後どうするかも考えていた矢先、海外への看護留学を果たした人の投稿を思い出しました。ただ、「アメリカへの看護留学は不可能だ」と選択肢には入らなかった事を思い出します。なぜなら、AMERIKA KANGOさん以外の留学エージェントは、アメリカへの看護留学そのものプランさえ中止していたからです。今はそんな時代なのだと思っていました。

しかし、数年間、看護留学情報を集める中、益々「アメリカの看護師のレベルの高さ」に憧れていた自分があります。そして、アメリカで勉強したいと強く思うようになりました。

アメリカの看護師になる事への憧れとともに、アメリカ看護留学への道を作るため、あらゆる留学エージェントさんや看護留学会社へ連絡を取った数年の中、どの会社の方からも正確な情報は得られず、"とりあえず、行ってみたら?"と、無謀な提案をする方が多かったのが印象的です。

私がお金持ちで若ければ、直ぐにそうしたかもしれません。しかし、目標達成には、十分な準備なしには躓くものだ、と常々思っていました。日々、ネットからの情報で何か糸口になるものはないかと探しているとき、AMERIKA KANGOさんをみつけた!毎年夏恒例という看護留学セミナーへの参加と個別相談会に参加するまでにとどまり、具体的な動きにはつながらないだろうと、ダメもとで申し込んだものの、"本物のエージェント"であることを思い知らされました。すごい数の実績があり、様々なバッググランドを持つ看護師たちをアメリカ看護師としてサポートしているAMERIKA KANGOさんに決めました!

決定した理由は、他社とは全く違ったからです。正確な情報提供、実際に活躍されている方々の功績、私をここまでリードしてくれた、AMERIKA KANGOの皆さまのサポートの厚さ、そして私が不安につぶされそうな時に幾度と助けられました。

星さんの"やるしかない!焦らずに大丈夫!!"の言葉と、親身なるカウンセリングは、頼もしく、とても心強いです(涙)

9月にアメリカへの渡航ですが、いつでもどこでも星さんとのカウンセリングは、是非ともお願いしたいです!渡米もそうですが、セミナー以来アメリカ現地でお会いできる事は今から楽しみでドキドキです!

この時代に、これほどにまで親身に相談に乗ってくれる方に会えて、私はラッキーです(*^-^*)

(2) NCLEX書類申請代行をお願いされたそうですが、その経緯を教えて下さい。

ワーキングホリデーから帰国後も、海外へもう一度行きたいという思いが離れず、看護師として今後どうするかも考えていた矢先、海外への看護留学を果たした人の投稿を思い出しました。ただ、「アメリカへの看護留学は不可能だ」と選択肢には入らなかった事を思い出します。なぜなら、AMERIKA KANGOさん以外の留学エージェントは、アメリカへの看護留学そのものプランさえ中止していたからです。今はそんな時代なのだと思っていました。

自分で申し込んだ説明会参加の翌月、AMERIKA KANGOさんから、NCLEX書類申請代行は渡航に時期に限らずは、留学以前の早期から申し込みできることを聞き、お願いするならAMERIKA KANGOさんしかないと、決断することにしました。

現在、NCLEX書類申請がスムーズに通り、NCLEX受験資格が正式に与えられました。それもこれも、全て的確な説明と正確な書類作成AMERIKA KANGOさんのおかげです。

書類作成は正直一人では不可能だと思います。

多大なエネルギーと時間がかかる作業です。卒業校や個人の書類を用意するにあたり、不明なことが沢山でてきました。その度に、AMERICA KANGOさんの書類作成担当者の方が、どれほど細かく一枚一枚の書類に目を通し様々な調査やシラバス内容に関しての質問を繰り返しして頂いたか、その内容を考えると本当に書類作成の大切さを学ぶことが出来ました。

AMERICA KANGOさんの書類作成スタッフの方々は、その都度、素早い返答でリードしてくたおかげて、9ヶ月で受験許可証がNYSEDより届きました。りかさん、Emilyさん、ありがとうございました!!頭が上がりません。

私は、渡米を9月と目の前に控え、 アメリカへの看護留学を決めてから1年半になります。目標へ進む準備期間が、こんなに有意義な時間と感じられるのも、星さんと、AMERIKA KANGOの皆さまのおかげでNCLEX書類申請が通ったからに他なりません。

心から感謝しています。ありがとうございました!

あとは、私の努力次第の結果となっていきます。これから、すべきことが山積みですが、RN資格取得後にどんなふうに働くかを楽しみにイメージしながら、目標達成に近づきたいと思っています。

★星さんへ★

星さんの頼もしいサポートに、いつも甘えてしまいます。
何度、"焦らずに大丈夫!ノープロブレム!!"の言葉に救われたことか。
 現在、留学で必要とされる、莫大な勉強量に圧倒されておりますが、これも贅沢なプレッシャーであると考えるようにしています(汗)(^-^;
"備え"こそ、不安と恐怖に打ち勝つ唯一の方法だと肝に銘じてやるしかありません!
 星さん、いつもありがとうございます。感謝。 

megumi2