森岡好美さん

森岡好美さん 念願のRNに!現地で就職しました!

2017年2月掲載

《プロフィール》
愛知県出身。日本で看護師として勤務していたが、アメリカでの病院見学を機に、5年前に留学を決意。看護学校で学んだ後、LVNとしてアメリカの病院で経験を積み、今年RNの資格を取得した。

念願の正規看護師に!アメリカの病院で働くということ

日々奮闘!チャージナースとして任される現場
RNを取得後、私は成人を対象とした障害者施設に採用され、チャージナースとして働いています。ここで重大と言うか、とても苦い経験をしました。それは、ある患者さんに小さな青いあざがあるのをレポートに記載したときのことでした。その日は何の問題もなく勤務が終了し帰宅したのですが、次の朝早くに「今すぐ病院へ来て!患者が骨折している!」という緊急連絡が入ったのです。

私が勤務している間は、患者さんは着替えも身体を動かすことにも何の問題もなく、病室できちんと休んでいました。また患者さんにはCNAと LVNが対応しており、私はレポートが提出されるたびに確認し、その様子を監督していたのです。骨折にいたるまでの原因を究明するため、結局、私は72時間に及ぶ患者さんの様子を記したレポートとその対応の内容を報告書として提出することになりました。

このレポートの内容次第で、私の正看護師のライセンス剥奪はもちろん、病院にとって最悪な影響を与えてしまうため、CNA/LVN にもお願いをして、とにかく状況を事細かく書いて貰いました。何度も経過観察としてレントゲン技師からの報告書に「骨がもろい、弱い可能性がある」という記載と、日々の患者の行動全てが記載されているレポートから、結局その青あざは虐待ではなく、どこかに自分がぶつけた可能性が高い、そしてその時にもろくなっている骨が骨折した疑いが高いと判断され、ようやく一件落着しました。

本来、レポートは毎日提出しなくてもよいのですが、この件以降、私はCNA や LVNに「どんな細かいことでもよいからメモにしておいて」と伝えるようになりました。私のいる病院では、3箇所のステーションに3交代でRNが常駐しています。そのほかにも、15~20人のLVN、20~30人のCNA がフルタイムまたはパートタイムで勤務しています。私がすべての患者の対応をすることは不可能ですから、LVN/CNA のサポートなしでは、全くRNとして役目を果たすことができません。また私はその病院では新人になるので、働き始めたばかりのころはRNという立場で仕事をマネージメントする立場であっても、誰一人話を聞いてくれないこともありました。そもそもRNというタイトルがあってもなくても、小柄な私が200ポンド(約91キロ)もある体格の良い患者さんを1人で動かすことはできません。患者さんによっては、私の話に耳を傾けてくれることもありませんでした。その時に、私が思ったことは「チームワーク」でした。

分業制がもたらすジレンマ。チームワークを要に
「私のライセンスじゃこの仕事は受けることはできません!」と叫ぶLVN。片や「これは私の仕事じゃない」と言い放つRN。彼らの言い争いを聞いて、私は、RNの資格を持ってはいるけれど、この病院の患者さんのことも、システムもまだ分からないから教えて下さい!という謙虚な気持ちになりました。「これは私の仕事じゃない」と平気で言うベテランのRNもいますが、私がまず行ったのは、初めの1か月間で患者さんの名前とシステムを覚えることでした。そして翌月はレポートやカルテを理解し、1人でできるように努めました。そして3か月間でマネージメントとして、チームワークを第一に、RN/LVN/CNA それぞれがやるべきことに責任を持ってやれるように、そして私がRNとしてLVN/CNAの仕事を確実に把握し、互い協力し合える環境を作ることを目標にしました。

私の働く職場では、日本でいう「労災」を防ぐための、Safety Contestという取り組みがあります。これは、1人で体格の良い患者さんに対応するのではなく、看護師や病院の職員が協力し合う”バディシステム”です。怪我をせずに100日間続けて病院での勤務が達成できると、1人につき100ドルの報奨金が貰えるというボーナスプログラムがあり、先日、仕事をスタートしてひと月目を迎えた私もチームの一員として、そのお金を貰うことができました。

留学を通じて得た仲間たち
写真で着ているスクラブは、私のお気に入りで、実は2枚とも看護大学時代のクラスメイトのMinaさんにお礼としてプレゼントしたものです。彼女にはビザ申請書類の件で大変お世話になったのでプレゼントしたのですが、自分用にお揃いで購入し現場で着用しています。Minaさんは、ロサンゼルスに3年ほど滞在し、アメリカの看護師資格を取得後、再び日本で看護大学の講師として現役で活躍されています。こうして日米と離れていても、以前と変わることなくお付き合いさせていただいています。

アメリカで正看護師として仕事を始めてから、現場で感じることは、自分に与えられた「責任」は何かということです。直ぐにドクターに答えを求めるのではなく、まず現場にいる患者さんの様子を把握し、さまざまな手立てを考え、それを的確にドクターに伝えることが、私の責任であると考えています。日本人である私には英語という大きな壁があるので、本当に日々苦労しています。でも言い訳はできません。渡米後すぐに医療英語のクラスを取りましたが、今年夏には、看護師として資質を高めるためにも、星さんにお願いしてクラスを再受講しようと思っています。RNとなると、予想していない医療英語や医療用語、そしてマネージメントという立場のため、与えられるタスクが非常に多いのが現実です。今よりももっと、プロの正看護師として、自分自身に教養をつけていかなければならないと、常日頃考えています。

森岡好美さん

仕事で着用する”スクラブ”です。キュートなデザインでお気に入りです!

星宣子から
前回に引き続き、アメリカで現役の正看護師として働く森岡好美さんにお話しを伺いました。「日米での看護師職としての仕事に対する責任感の重さの違いは、昔と比べると変わったかもしれません」という彼女の言葉に、専門職としてのプロ意識を持ち、現場でさまざまな経験もしているのだろうなと感じるインタビューとなりました。

看護留学で苦労するのは、まず英語スコアをあげること、次に米国看護師国家試験合格(NCLEX試験合格)すること、そして最後に、就活をしてスポンサーを得ることです。好美さんは、現地の友達から看護師としてのアメリカ就労ビザを取得するより、違う分野で就労ビザを目指してはどうか?と常に言われてきたそうです。しかし、アメリカに来た理由は「アメリカで看護師になること!」だったので、最後まであきらめず、遂に夢を実現させました。

強い意志と、誰にも負けないくらいの努力、そして相手を思いやる優しさで勝ち取った正看護師です。永住権を取得する頃には、日本に帰ってもよいかなと思う時が来るかもしれません(かつて私がそうだったように)。今後も、日米で活躍できる看護師としてこれからも頑張ってください。応援しております!


2017年1月掲載

Q: RN(Registered Nurse)の資格取得にいたる経緯や、学校での思い出などをお聞かせ下さい。
A: クラスを取り始めた頃は、リサーチペーパーやエッセイの課題がたくさん出されるため、まずは英語のライティングの勉強をしてから、本来の課題をこなすという時間のかかる作業を繰り返していました。学校の講師に何度も指導してもらい、単位を取るのにとても苦労をしたのを今でも覚えています。一緒に学んだクラスメイトたちは、みな自国で看護師としての経験があるので、自然と他国の看護に対する考え方を知ることができたほか、さまざまな意見交換をし、とても貴重な経験ができたと思います。また講師は、アメリカでの医療経験のある人たちで、テキストの内容だけでなく、実際の現場の状況を織り交ぜた講義をしてくれていたのと、少人数制のクラスだったので講師と生徒の距離がとても近く、楽しく授業を進めてくれました。

Q: 森岡さんはLVNを経てRNを取得していますが、NCLEX(米国看護師国家試験)LVNとRNの違いはありましたか?   
A: 上手く表現できないのですが、どちらも看護師のテストなので、まったく違うというわけではなく、"Management"という分野と、RNとLVNにおける仕事上の役割の違いからか、テストの答えが変わってくるものがあるように感じました。またAssessment/Prioritize を試す問題は、RNの資格や仕事内容をもとに作成されているので、LVNよりも範囲が幅広くより難しく感じました。しかしアメリカの看護学校の先生からは、難易度に関しては LVN>RN だとよく言われていました。これは、ゼロから挑戦するLVN テストの方が、LVN から RNになるときよりも 越えるハードルが高いという見解からきていました。

Q: 現在の職場について教えて下さい。
A: 現在、成人を対象とした障害者施設で、RNとして働いています。投薬の管理や必要な医療行為、緊急時の対応、そして日々の記録や書類の記入などを担当しています。

Q: これからアメリカで RN を目指す人へアドバイスをお願いします。
A: 「諦めずにどんなことでも自分でやってみる」。行動していけば、自分にとって実現可能な道に繋がっていくと思います。LVNを経てRNになった私に"遠回りだ"と言う人もいましたが、現地の看護学校に通い、まずLVNとして現場の医療を経験したことで、言葉でしっくりこなかったことにも理解を深めることができました。最終的にはRNになることが目的だったのですが、やはり看護学校に通う選択肢も、私の中では必要だったと思います。

Q: RNとして仕事を開始するにあたって、どんなことを重視して職場を選びましたか?
A: 学校からの紹介なので、ここでなくてはという執着もなかったのですが、働き始めるまでのプロセスの対応がとても速く、あっという間に就職が決まった感じでした。

Q: ここまでに来るにあたって協力をしてくれた人たちはどんな方たちですか?
A: 教授、学校の職員の方々、友人、星さん、クラスメイトです。

Q: これからの抱負をお聞かせください。
A: 看護師として経験を積んでいきながら、いろいろな分野の知識を身につけていきたいと思います。

森岡好美さん

看護師が身に付けるネームタグです。病院来客者と患者に分かるように、名前のほか、3病棟あるので各検査室の情報や連絡先などの詳細が記されています。

星さんへ
星さんには、渡米してきたときから、慣れないアメリカ生活で困った時や落ち込んだ時に、いつもたくさんのアドバイスと元気を分けてもらいました。カウンセリングの後は「もう少し頑張ってみよう」「今度はこうしてみよう」と、不思議と次のステップのための力が湧きました。また日本語が通じるからと、甘えてご迷惑をかけてしまっていたことも多々あったと思いますが、どんなときでも、いつも親身になって相談に乗ってもらい感謝の気持ちでいっぱいです。この場を借りて、改めて感謝の気持ちを伝えたいです。本当にありがとうございました。

星宣子から
「好美さん。ついにアメリカ正看護師としてのキャリアを歩み始めましたね。おめでとうございます!!」

好美さんが渡米されてからもう5年が経つんですね。振り返ってみると、本当にいろんな経験をされ、さまざまな苦難を乗り越えられてきたと思います。途中あまりの大変さに少し諦めかけていた頃、何度も「なぜ渡米してきたのか?」と自身に問いかけていましたね。迷いがふっきれてからは、正看護師になる道のりまで一直線に前進してきた気がしますよ。迷った時はいつも連絡をくれて、お馴染みのカフェで待ち合わせして、シーフードパスタとアジアンチキンサラダをシェアしながら、駐車場の無料時間が終わるまでずっと話していましたね(笑)。

日本で正看護師として経験を積んだ後に留学してくる人達の最終目標は、好美さんのように「アメリカで正看護師として就職すること」です。その夢を果たし、念願の現場で働き始め、最もハードと言われるビザスポンサーを得ましたね。それは好美さんがアメリカで看護師として雇用したい、サポートしたいと思われる貴重な人材だからです。本当に素晴らしいことだと思います。

いつも謙虚で感謝する気持ちを忘れず、常に、自問自答しながら前進する姿は立派です。私も好美さんのサポート役としてアドバイスができたことを誇りに思っています。

これから好美さんは、おそらくずっとアメリカで正看護師として働いていくことになるのでしょうね。ご両親に、アメリカ滞在が長くなること、そして日本にはすぐには帰国しないことを伝えるのは高いハードルになると思います。私もそろそろアメリカ在住20年を迎えますが、未だに両親は「何でアメリカにいるの?日本には帰ってこないの?」ですから…。けれど娘が頑張っている姿は親にとって何よりの孝行です。このコラムを通して、輝いている好美さんの様子が伝わればいいと思っています。


2013年3月掲載

人生を変えた出会い

看護留学を決断するまで

私は日本で看護師として働いていました。看護師はやりがいのある仕事だと思い、5年間まじめに続けてはいたのですが、残業や3交代制などで休みがなかなか取れず、自分のスキルアップのための研修に参加が出来ないことを悔やむ毎日を過ごしていました。

そんなある日、看護学生時代に、アメリカの病院に見学に行った際に見た、現地で働く日本人の看護師さんが生き生きしていたのを思い出し、いつかは自分も海外で働きたいと思い始めました。しかし、留学したいという気持ちはあったものの、勤務外の時間帯は病院の教育カリキュラムで出る課題や勉強をでこなすことに精一杯。留学を考えたり、準備をする余裕が持てませんでした。一人の看護師として一通りのことがこなせるようになってきた頃、これから自分が進むべき道を深く考えるようになりました。大学に進学し知識を深めるという選択肢もあったのですが、やはり学生の頃からの夢だった留学に挑戦したいと強く思うようになり、看護留学をすることを決めました。「果たして本当にアメリカで、英語で生活しながら看護師になれるのか?」という不安は常にありましたが、その不安を期待に変えて留学の準備を進めていきました。

人生を変えた出会い

渡米後一番最初に入学した看護学校では、実際に看護の現場で働くチャンスや看護免許取得のための大事なサポートが欠けているのに気づかされました。アメリカで働ける見込みがないと感じた私は、日本への完全帰国を考えていた頃に、アドバイザー星さんと出会いがあり Nursing Collegeへ編入する機会となりました。

もう2度と同じ失敗をしたくなかったので、何度も学校に足を運び、授業内容を見たり、納得がいくまで、自分の疑問がなくなるまで、とことんアドバイザーと話をして入学を決めました。この学校を選び、入学を決めたのには、ワケがあります。

(1) 看護の基礎を英語で勉強できること、

(2) 臨床実習の際、実際に現地の病院にいけること、

(3) SSNなどアメリカで看護師になるためのサポートがあり、インターナショナルの学生にとってたくさん学ぶ機会がある。

(4) 語学学校で英語を勉強するのとは違い、現地の学生と一緒に看護が学べること。特に英語が得意でない人にとっては、嫌でも英語漬けの生活になるので、そういった意味でもとても良い環境が用意されていると感じました。

「自分の英語力で授業についていけるのか?」「この状態のまま実習をこなしていけるのか?」と初めは不安ばかりでした。そんな時、いつも星さんは勉強法のアドバイスをしてくれたり、相談にものってくれたりました。毎日予習も復習も追いつかない状態からスタートしたため、焦って周りが見えなくなってしまうことが多々あった私を、ほっと一息つかせてくれたり、一緒にテストのスケジュールを確認して私の混乱している頭を整理する手伝いをしてくれたり、居残り勉強する環境を用意してくれたりと、全面的にサポートしてもらいました。その励ましのおかげで、家に帰るときにはいつも「次はがんばろう!」という気持ちになり、勉強を進めることができました。5ヶ月目くらいから、英語の環境に慣れ始め、クラスメイトや学校の先生と少しずつ話せるようになりましたが、正直に言うと、英語力の不足は、学校を卒業するまで感じていました。

学校のクラスは少人数制で、日本人もいない環境におかれたことでクラスメイトと関係を築いていくなかで、相手の文化や宗教、それぞれの考え方など、同じ物を見ているのに感じ方、見え方が異なることが印象深く感じました。それが、看護の枠を超えて自分の興味の持てる分野になりました。クラスメイトは、同じ看護という目標を持っている仲間として、勉強をする時は負けられないライバルとして刺激をもらうことも沢山ありました。困っていたときに「一人じゃないよ」と励ましてくれたこともありました。授業のたびに毎回テストがあり、それに加えレポート形式の課題が週に一度課題を出され、授業後に、復習兼テスト勉強という形で授業で追いつけなかった分も含めて、ひたすら教科書を読んで学習しました。予習は、単語を調べるだけで手がいっぱいで進まないこともありました。

アメリカと日本の看護の違い

日本の看護との違いで印象的だったのが、機能別看護がはっきりしていて免許によって、仕事の範囲が異なったことでした。日本では、正看護師と準看護師の差は法律では書かれていると思いますが、実際仕事をしている中では、さほど差を感じませんでした。

アメリカでは、LVNはスタッフ、RNはマネージャー、と病院によっては仕事と地位がはっきり分かれています。

実習先では、日本とアメリカの医療制度の違いから驚きの連続でした。例えば、同僚が忙しくしていても他人事のような振る舞いや、ナースコールの対応をしていて、近くの看護師に声をかけたら、「私の患者さんじゃないから…」とか「あなたの患者さんじゃないでしょ」と言われたりしたことが、初めは戸惑いました。チームではなく、個人がそれぞれ与えられた仕事を責任持っておこなうというスタイルが徹底していました。

現地での看護体験談

時には患者さんとの会話が成立せず、怒らせてしまったこともありました。
私が英語を聞き取れず何度も聞き返していたため、自分の訴えが理解されなかったと思われたり、ナースコールを鳴らしたのに学生のような(私のこと)看護師が来たことで怒ったと言うのです。他のクラスメイトたちは、「アクセントによっては自分たちも聞きとれないことはあるよ」とフォローをしてくれましたが、私は患者さんの反応は正当だと思いました。もし私がもっと患者さんのことを注意深く観察していたら、こんなことにはならなかったでしょう。それに、もっと気を配って注意深く観察していたら、言葉ではないサインに気づけたかもしれない。そしてそれ以前に、私の「英語に自信がないなぁ」という不安が先に患者さんに伝わってしまっていたのではないかと反省しました。自分がもし患者さんの立場だったらと考えたときに、私も、自分のことを理解してくれる、信頼できる看護師にケアを任せたいと思います。今思えば、あのときの私の対応は至らないところがあったから起きてしまったことだと理解することができました。反対に、受け持った患者さんから、「あの時はありがとう」と声をかけてもらったとき、感謝されたときは、今まで頑張ってきた苦労があったからだと、大変嬉しく思いました。

授業や実習現場で、実際のアメリカでの看護に触れ学んだことを、今後自分の看護として活かし沢山の人に提供していきたいとより強く思っています。つい先日、NCLEX試験に無事に合格し、病院への就職が決まりました!今は、次の自分へのステップアップとしてプログラムを検索中です。これからもアメリカロサンゼルスの地で沢山の事を学び、看護師としての経験を積みたいと思っています。


★アドバイザー星から★

まずは、よしみさん、試験合格おめでとうございます!

よしみさんとの出会いは、よしみさんがアメリカへ到着したあの日からですね。渡米当初とは見違えるほど自信に満ちたよしみさんを見てとても安心しております。目標に向かって一直線のよしみさんですから、日本にいるご家族もきっと安心して応援していると思います。常に何を今すべきかを判断し行動している事もすばらしい事だと思っております。
これからも常に前向きに行動し、今後も目標に向かって一直線で行動していってください。応援しております!!

森岡好美さん英語インタビューはこちら