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Mayaさん
じっくり英語力を上げ看護科編入を果たす

2017年11月掲載
2016年9月に渡米し、現在看護学校で学んでいるMayaさんのスペシャルインタビューをお届けします。

《プロフィール》
東京都出身。神奈川県の看護短大を卒業した後、海老名総合病院の呼吸器外科内科で3年間にわたり勤務。その後、1年間の語学留学を経て、派遣ナースとして有料老人ホームで1年、小規模の総合病院で夜勤専従として1年半勤務。2016年9月に渡米。

渡米から1年が過ぎて
Nursing Collegeに入って半年、アメリカに来て1年が経ちました。看護学科編入し、何とか単位を落とすことなく、6カ月間の「ターム2」を無事終了しました。今回は、これからLAに来る日本人にお伝えしたいことがありすぎて、スペシャルインタビューという形で、前回に引き続き登場しています(笑)。これまでを振り返っても頭に浮かぶ言葉は、私が渡米する前に星さんに言われたことだったり、星さんのコラムに書いてあることばかりでした。でもやっぱり自分が経験してみないと分かりませんでした。実際に渡米し、こちらで学んでみて、やっと理解できたことがたくさんあります。私自身がそうだったように、この長いコラムも、渡米前の人には響かないんだろうなぁと思ったりしていますが、看護留学を考えている方にはぜひ読んでいただきたいです。

苦労の連続。学校での講義と実習
学校での最初のタームは、リーダーシップの実習と座学、薬理学のオンライン授業、アメリカ医療保険と経済の3教科でした。実習は、ナーシングホームで働いている正看(RN)がどのようにリーダーシップを取っているかということで始まりましたが、実習先が指導者の都合で3回変わりました。その都度、その日は帰っていいよと中止になり、時間帯や曜日もすべて変わり、ナーシングホームだったのがクリニック、そして病院へ。集合時間が朝6時のときもありました。タームの最後には、3カ月以内で1タームが終わるように休講になったクラスの分の時間数を自分たちで補わなければなりませんでした。幸い私は車を持っていましたが、持っていない人は、Uberで高い往復料金を払って来たのに休講になっている人もいたので気の毒でした。しかし、もちろん文句など言ったところで何も変わりません。どんな状況でも授業はどんどん進んでいきます。

日本では、テストに出るところは先生がまとめてくれたり、大事なところはポイントを押さえてくれますが、こちらはそうではないようです。テスト前に「大事なところはどこですか?どこに重点を置いて勉強してきたらいいですか?」と聞くと「全部だよ」と返ってきます。授業中に触れていなかった問題も何問か出ます。テストは70~75%とれないと赤点となり、それが教科書50ページ分の中から10問だったりします。これがアメリカで学士を取得するということなんだろうな、と今は理解しています。学士取得過程にいるんだから、勉強の仕方くらい自分で分かるよね?今まで勉強してきたのだから(日本で正看なのだから) どこが重要か分かるでしょう?と言われているような気がしました。実はアメリカは学歴重視社会で、修士以降の学位は、名刺や論文を書くときなどに自分の名前に続けて羅列します。学位を取るのが大変ということをアメリカ社会認めているから、敬意を払ってもらえるのだと思います。それが、自分への自信にもつながります。

実習スケジュールの調整中は、テストも赤点だらけ、自動車事故を起こしたり、強盗にあったり、一緒に住んでる人とのコミュニケーションもうまくいかないなどでモチベーションはガタ落ち。あまりにも落ち込んで、一度は諦めて日本へ帰ろうと思ったのですが、学校の先生が声をかけてくれたり、看護とは関係ない友人に話しを聞いてもらったり、江原啓之さんや美輪明宏さんの動画を観たりしていたら、万が一強制送還と言われても、ただ自分の国に帰るだけだと思えるにようになりました。こう言ってしまうと星さんに怒られてしまうかもしれませんが、頑張ることをやめて、そのときは、とりあえずアメリカに慣れようというスタンスで乗り越えたのです。

学校のスケジュールに関しては、予定通りにならないことが多いので大変でしたが、勉強内容はどれも自分の興味があることなので楽しいです!先生たちは私たちが看護師として知っていて当然という姿勢で授業が進むので、「私、それ知らない…」と思うたびに日本とアメリカの看護師のレベルの違いを思い知ります。笑ってごまかせる先生ばかりじゃないので、授業中質問されたときは、毎回緊張して自分でも何を言っているのか分からなくなってしまいます。

余談ですが、アメリカの学費に関しては、外国人だから高いとずっと思っていましたが、大きな大学や専攻によっては、アメリカ人にとってもとてつもなく高額です。ローンを組んで学校へ行く生徒がほとんどです。そのローンを返せるだけの収入がある仕事に就けば、また進学できますが、限られた職種だと思います。そんな中、短期間で学士が取れる学校を紹介してくれ、入学のサポートをして下さった星さんには本当に感謝しています。

アメリカ生活で感じること
アメリカ生活において、最も苦労している点は 文化の違いと言葉です。予定通りに物事が進まないのは日常茶飯事。それに慣れてしまって、不平を訴えないでいると、それはそれで事が進まなくなるので、逐一、不平不満を訴えなくてはならないので一苦労です。

文化の違いについては、ある時、行政管轄のところから来た手紙を間違いがあったら嫌なので読んで欲しい、とホストファミリーにお願いし、感謝の意を伝えると”You’re welcome! I like helping people!” と言われました。私の本音は(それぐらいでHelping people?! )でしたが、それは私が、困っている人がいたら手を貸しましょう、という日本の風潮を基準にしているからだと思いました。日本の良いところでもありますが”察する”とか”言われる前に行動する”というのは、日本独自の美徳であって、それをアメリカ、特に大都会LAに求めるのは御門違いなんですね。こちらの基本は、手を貸して欲しいと言わないと伝わりません。そもそも、この”手を貸して欲しい”という他者への期待が日本人の独特の感覚なのかもしれませんが…。しかしながら、いわゆる”手を貸して欲しい”ことは日常茶飯事起こるし、誰しも必死に生活しているので、当たり前ですが、自分の足で立つほかないのが現実です。その違いに気付くだけでも、暮らしやすさは変わるかなと思っています。

慣れない異国で、人の手助けがないと生活できない自分に嫌気がさしますが、それを上回るのが、英語の壁です。特にLAは日本人の数も多いので、英語漬けの生活は望めません。多様性を持つ都市ですが、それぞれのエスニック・コミュニティも大きくいろんな言語が飛び交っているのです。以前、同じ年ぐらいのアメリカ人(20代)が話すのがとても速かったので”Can you speak more slowly for me? “と言ったら”You’re so funny!”と笑われました。何か冗談を言ってると思ったようです。彼女には”普通に話すことが外国人にとっては速い”という概念すらなかったのです。「ネイティヴ・スピーカーは喋るのが速いよ」と言うと、ようやく理解したようでした。語学を勉強したことある人や日本に興味を持っている人だったら、同じ経験をしているので、ゆっくり話そうとしてくれたり、伝わらない英語でも話しを聞いてくれようとしますが、そうではない人が多いです。

また、1年経ってようやく少し英語に慣れたような気がしますが、なんとか聞き取れはしても返答がうまくできず、短くて雑な英語になっていることがあります。日本だったら、外国人だからかな?と思うかもしれませんが、アメリカではそのままの自分となるので、英語が未熟な分、態度だけでも失礼のないように「私は今英語を勉強中だから下手な英語でごめんね。今の私の言っている意味分かりましたか?」と相手に伝えることにしています。

アメリカの看護師事情
実習のスケジュール調整がうまくいかなかった間に、いくつか病院やクリニック、ナーシングホームで働くRNの様子を見ることができました。また、看護学校入学後、星さんのアドバイスを基に日系のクリニックでボランティアをさせてもらっています。日本では、法律上、看護師はドクターの診療の補助として働きます。もちろんこちらでも看護師とドクターの業務内容はきちんと決まっているものの、現場の感覚では、ほとんど同じ土俵にたって働いていると感じています。ボランティア中に、オフィスのドクターに「日本では(その知識で)RNなんだよね?」と何度も言われました。日本でもそうですが、ドクターはさらに患者さんのそばにいる時間が短いため「こういう指示をお願いします」と看護師が率先して判断し依頼しているような気がします。日本は病院や施設でマニュアルがあり、それに沿って処置をすすめたり、本屋さんで分かりやすい”医療あんちょこ”がたくさん売っていますが、こちらはそういうのはないようで、看護師一人ひとりの知識と技術をその本人が背負っている気がします(1人当たりの看護師が受け持っている患者数も違いますが)。

また、アメリカは保険の種類がたくさんあり、大統領が変わるごとに医療保険の意向も変わるので複雑です。患者さんが加入している保険のプランによって、診てもらえる病院やドクターが異なり、いくら薬代をカバーしているかなどが変わるのです。こちらの患者さんは、保険がカバーしてないから毎月は採血できないとか、薬代が高いのでジェネリックに変えられないかとか、検査の結果、電解質が低かったから他のドクターにもう一度見てもらいたいなど、自分の意見をどんどん主張しますので、ドクターは患者さんの健康状態はもちろんですが、個々の事情や情報を基に、治療の方法を決めて進めているようです。

現在私がボランティアをしているオフィスには、旅行や出張、留学で来院する日本人も多いですが、当然アメリカ人や外国人もたくさん来ます。日本同様に、患者さんに薬の作用について聞かれることも多いです。どうしてドクターは私の薬を変えたの?この薬はどう作用するの?と聞かれるのは私たちで、患者さんがドクターに質問しづらいと思うのは世界共通なのかもしれません。日本では、薬と一緒に薬の説明書が印刷され、それを基に患者さんに説明できていましたが、アメリカではそのようなシステムはありません(日本のお薬手帳システムが世界に普及してほしい!)と思う事がドクターズオフィスでは見かけます。とはいえ、CVS(ドラッグストア)などで受け取る処方箋の場合は説明書がついていますが…。 とにかく、ボランティアとはいえど、考えられる薬の副作用も頭に入ってないといけないですし、アレルギーの種類もたくさんあります。採血の項目も人種によって高めに出るものもあるのです。薬や造影剤が何でできているか、自分が知っている前提で、ドクターが出す処方やオーダー内容を確認できる存在でなければありません。

ボランティアをしていて、嬉しかったことと言えば、高血糖や高コレステロールの患者さん向けに食事指導の紙を配るのですが、日本人の患者さんにとっては、日本人向けの食事内容ではないし、文字も小さく全て英語。長くLAに住んでいても日本語のほうが分かりやすいのは当然です。なので、日本のウェブサイトから見やすいものを印刷して、患者さんと一緒に座りながら、食べない食材はこれに変えたら良いなど本人に合ったものに訂正して渡したら、こんなことされたことない!と感激してくれたことです。日本の看護の良い面を出せたような気がして嬉しかったです。

卒業後の目標
渡米するまで、ここまでアメリカ生活が大変だとは思ってもいませんでした。星さんのサポートなしでは看護学校に入学することも難しいとは分かっていましたが、それと同様にコネクションなしで仕事に就くのは不可能なような気がします。また、たとえコネクションがあって仕事が見つかったときに紹介されても、自分が看護師として恥ずかしくないレベルでなければ意味がないとも思います。

LAのRNとは英語のレベルや知識の違いも大きく、胸を張って働けるレベルではない以上、大きなことは言えませんが、私の目指している看護師像は、どこの国のお母さんたちにでもアドバイスや選択肢を与えられる立場になることです。ドクターの通訳でも良いですし、栄養指導、避妊・不妊から子育て、健康管理について、どこの国のお母さんの悩み事にも対応できる看護師になりたいです。しかし、まずは英語のレベルを上げることとNCLEXをパスすることに全力を注いでいきます!また非常に難しいのは十分承知していますが、卒業後は新しい分野であるマタニティか子供関係の仕事ができたらと思っています。もちろん、今後の私の看護科での頑張りが必須なことは承知しています。ですから、まずは「アメリカ看護」の永住権プログラムに推薦され採用して貰えるような人材になれるよう頑張ります。推薦して貰えるかどうかも確定ではないことは理解しています。そんな人材になるには大変な努力が必要なことも、重々に理解しております。

ここが聞きたい!「アメリカ看護」からの質問

Q. 看護留学斡旋会社に対する不安はありましたか?
「アメリカ看護」さんも含めて、私が最初の頃持っていた不信感というのは、お金儲けのための留学プログラムの1つかもしれないという不安でした。前のコラムでも書きましたが、それはオーストラリアの看護学校のようなところに入って、卒業してもテストにすら受からない人の話を聞いたりしていたからです。もちろん星さんが、この私との数年のやりとりの中で、私からのどんな聞きにくいことにも的確に答えてくれてきたので、信じてここまできたわけですが!

実を言うと、私の最初のタームの成績は惨憺たるもので、これでは学校は続けられない。私のアメリカ生活終わりなんだと落ち込みました。同時に、星さんには騙されたとまではいきませんが「これで、今までの私の計画はパーになり、おまけにお金も全部失ってしまった」という気持さえ持っていたんです。そんな時、看護科の教授が何度か声をかけてくれて、話しを聞いてさまざまなアドバイスや説明をしてくれたので、私の勝手な八つ当たりであると知りました。

実際のところ、アメリカで看護師になるのは大変です。私が看護学校に入る前も、ホストファミリーの知り合いやミートアップと呼ばれる交流会で出会った人、さらには看護学校に編入してから始めたボランティア先のセラピストや仲間たちも「看護科に入るのは大変だった」「友達が大変そうだった」「看護科入るのに1年待った」と、皆口を揃えて言っていました。

Q「アメリカ看護永住権プログラム」に関する情報はどうやって入手しましたか?
以前からアメリカの正看護師として永住権を取り働いてる方のお話しを聞いていました。それから、アメリカ看護留学のコラムは毎月読んでいます!「永住権についてのコラム」があがったのは最近ですよね。”永住権スポンサーシップ”は看護に限らず、この言葉を見たり聞いたことが以前からあったので、うっすら頭の中には常にありました。ただ、看護留学を計画していたあの時は、そんなの留学生には関係のないことだと思っており、何よりもまず留学!という気持ちでした。

当初、私は看護学校入学も卒業後も、星さんにしっかりお世話になるつもりでいました(笑)。就職先やOPT先を紹介してくれるとか、そんな甘い気持ちでいたのです。そもそも、LAに来るまで、アメリカで働くために何が必要なのかということさえ、まったく分かっていなかったのです。正直に言えば、もっと簡単にアメリカの病院で働けるとも思っていました。日本にいた頃に、アメリカは看護師が足りないから誰でも雇うみたいな話を聞いたことがあって、それをうのみにしていた記憶があります。 LAに来てから知ったことがありすぎて、自分の知識のなさにびっくり。私にとって、看護留学は看護師になるだけではなく、いろんな意味で成長できる機会だと思っています。これからも頑張ります。


星宣子から
ロサンゼルスでの生活も慣れてきた頃ではないでしょうか?

「何でこうなの?日本だったらありえないのに」
「何でこういうことが許されるの?」
「アメリカで合法的に働くって簡単じゃないんだ?」
「留学生って滞在資格取得するのに大変なんだ!知らなかった!」
「アメリカ永住権のスポンサー探しって、本当に半端じゃなくシビア!」

看護留学に限らず、特に、渡米したばかりの頃は、知識がないあまりに不満が爆発したり、根も葉もないウワサに惑わされがちです。つまり、誰でも簡単に自分がやりたい職に就けて暮らしていけるということは大変なのです。私は、看護留学しかもこのアメリカで専門職に就こうとする皆さんに必ずお伝えしている言葉があります。それは「忍耐/ガッツ、経済力、判断力」です。これは私自身がアメリカ生活で通して学び経験したことです。ですから渡米しても渡米してからも、私の米国生活・看護留学に関してのコメントは一貫しています。

厳しいことを言うようですが、カウンセラーである私が意見をころころ変えているのではなく、留学を志して、その夢を果たしたものの、海外生活しているうちに、留学生ご自身がアメリカで受ける待遇や不都合、自分の力の無さを誰かや会社のせいにして自分を正当化したり、誰かと勝手に比べて自分の良さを見失ったりしているのではないかと思います。誰でも迷うことはありますが、まずは、自身を見つめ直すことが必要だと思っています。

看護師には、専門職者である限り、語学留学とは違って、絶対避けては通れない道があります。私は、皆さんにはその避けては通れない道を、堂々と胸を張って通って行ける人間であって欲しいと思います。私は、今も昔も甘い事ことは決して言っていません。実際にアメリカ生活は甘くないからです。現実を見据えた行動を取れるように、正確な情報を看護留学希望者に伝えています。そして、これからも自分の足で歩き集めた最新情報を収集していきます。

「誠実に!!!」これは私のモットーです。今後の看護学生生活と看護師としてのキャリアを積んでいって欲しいです。応援してます!

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ボランティア先でお世話になっている方々です。緑のスクラブを着ている先生は80代です。

2017年10月掲載
※インタビューは、2016年9月に行なわれました

Q: 数あるエージェントから弊社を選んだ決め手は何ですか?
A: はっきり言って、星さんしかいませんでした。エージェントを通さずに、自分の力で看護科に入学しようと、何度か日本からアメリカの各看護学校に問い合わせしたことがあります。しかし、しかしいくら待っても、一度として返信はありませんでした。そこで、日本国内はもちろん、アメリカの看護留学斡旋会社エージェントに連絡を取って話を聞きましたが、日本のエージェントは、一社として正確な情報を持っているところはありませんでした。ある看護留学会社には「自分たちはよく分からないから」と星さんを紹介されたほどです。またほとんどの看護留学エージェントに、オーストラリアやカナダ、ニュージーランドで看護師になることを勧められ、さらに莫大な費用を請求され、とても無理だと思いました(後に、アメリカの大学で看護を勉強するということは多大な費用がかかることを知りますが)。そして 星さんの会社も、初回無料カウンセリング後はたとえメール1通でも料金が発生する、ということで、後回しにしていました。

Q: 弊社におけるサービス内容で、他社との違いを感じたことがあれば教えてください。
A: 情報量の多さと看護師さんの事例の多さです。アメリカには日本から来た看護師さんの数ほど事例があり、 一人ひとり状況も違うことを星さんから聞きました。実際の数は聞いたことはありませんが、星さんの話を聞いてるだけでも、これまで数えきれないほどの看護師さんにお会いしていらっしゃるようですので、他のエージェントさんでは、アメリカでの看護留学の知識や情報量に関しては、星さんに適う人はいないだろうなと思いました。

Q: 看護学校合格までの道のりで辛かったことは何ですか?
A: 「星さんを信じることだった」かもしれません(スミマセン)。実は、看護留学を決意し、リサーチを始めてから、頑張って働いて節約したのに、結局騙されて貯めたお金を一瞬で失った人や、ほかの国で看護師になろうと目指して行ったものの、夢叶わず帰ってきた人たちに会ってきました。私も「本当に大丈夫なの?その会社は信用できるの?」と周囲からもさんざん言われてきました。情報収集する中で、アメリカの嫌な話しもたくさん入りますし、自分の夢を応援してくれる人だけではありません。気分が落ち込んだときは、丸一日起き上がれず泣いて寝込んだこともありました。

Q: それを乗り越えられた秘訣は何ですか?
A: 母からの手紙や家族や友達、上司とのメールのやりとりを見るたびに、ここまできたらやるしかないという思いました。それからいろんな経験を重ね、ようやく心から「星さんを信じることができた」こと。星さんは学費やアメリカ社会のこと、人間関係など聞きづらいことでも何でも丁寧に教えてくれました。そしてどんな質問にも的を得た返答をしてくれました。真摯に向き合ってくれたからこそ、星さんを信用することができたのだと思います。

Q: カウンセラーとの個別面談について教えてください。
A: 星さんとの面談の後は、いつもポジティブに自分の未来が想像することができました。星さんは看護留学エージェントや留学カウンセラーという役職よりも、一人の信頼できる大人として、ずっと頼っていました。

Q: これから看護学校入学を目指している方へのメッセージをお願いします。
A: 文化も人種も違うここロサンゼルスですから、渡米後は何かしら必ず問題が起きます。そのとき自分の言いたいことが言える、アメリカ人の言ってることが分かる、それができれば、問題が起きても大丈夫だと思います。なので英会話レッスンはしてきたほうがいいと断言できます。ここロサンゼルスはアメリカ人でさえ、生きるのに必死です。学校の先生でも、2つ仕事を掛け持ちしているぐらい、物価も高く、忙しく、他人のお世話をしてる余裕はないです。そんな時でも、どうやって一人で誰にも頼らずに生活できるか?と計画を立てていけば大丈夫だと思います!

Q: アメリカ看護 代表 星へのメッセージをお願いします。
A: 星さん、こちらにきて半年と少し経ちますが、何が個性で何が自己中心なのか、何が常識で非常識なのか、さっぱり分かりません。この多種多様な文化が入り混じる街に自分は馴染めているのかいないのか、今はまだ模索中ですが、目の前のやるべきことをとにかくやっていこうと思います。留学を果たしたものの、星さんとはこれからもお付き合いが続くことは分かっているので、それだけでも、とてもとても心強いです。この先どうなるかまだ分かりませんが、感謝の気持ちを忘れずに過ごしたいと思います。まずは看護学科編入まで本当にお世話になりました。そしてありがとうございました。


星宣子から
Mayaさんから初めてお問い合わせいただいたのは、2016年5月でした。「アメリカでの仕事についてお聞きしたいのですが、なかなか他のところへ連絡しても返信がなく困っています」という内容でした。この時は、アメリカでの看護留学に関して、情報収集中である事が分かったため、そのまま続けることを勧めました。私との無料カウンセリングは1回のみですので、基本的にご連絡をいただいた方には、私が現地で情報収集した最新情報を全てお伝えしようと心掛けています。そんなわけで、予定時間を大幅にオーバーすることもしばしば。Mさんとの初回カウンセリングも、案の定、時間オーバーしたことを今でも思い出します。看護科編入前の語学学習も、じっくり英語力を上げたいという希望で、3カ月間延ばし、その努力の甲斐あって、医療英語受講修了後に、即、看護科編入を果たしました。

Mayaさん、ようやく看護留学のスタートラインに立ちましたね。迷った時や困った時こそ、初心に返ることを忘れずにいて下さい。

maya

たまにサイクリングに行きます。通りすがりの人みんなに声をかけられるので、びっくりしていましたが、アメリカでは道に1人でいる人を無視することは失礼だからと聞きました。文化の違いにびっくり。

maya

初めて友達とワイナリーで有名なテメキュラという街に1泊旅行しました。カリフォルニアのワインは本当においしいです。