Maiko Kato

加藤麻衣子さん

プロフィール
京都市出身。 現在サンフランシスコ在住。短大卒業後、ホテルや旅行業界で働いた後、英語を学ぶため、カナダ・バンクーバーに半年間語学留学。カナダ留学中に韓国語に興味を持ち、帰国後すぐに韓国ソウルへ留学。日本に帰国後は、韓国語通訳などを含め、約6年間にわたりOLとして勤務する。 2006年に渡米。 語学学校とカレッジを経て、今年2月に看護学校を卒業、7月にNCLEX合格。現在、LVN/チャージナースとして勤務。

2018年1月公開

Q. 現在、サンフランシスコでLVN/チャージナースとして勤務されているそうですね。さまざまな人種が入り混じる環境で気をつけていることはありますか?

現在、LVN/チャージナースとして働いています。私の働いている施設では、LVNはRNと同じ扱いです。ただしIV(点滴)やアセスメントはRNのチェックが必要です。サンフランシスコという場所柄、いろんな人種の患者さんがいます。アメリカ人以外では、ロシア人や中国人の割合が最も多いのですが、 その中でも、ロシア人の家族との関係は特殊というか…。というのも、家族からの要求が半端じゃないんです。その理由のひとつに、患者さんの多くは高齢のため、英語が話せない人がほとんど。そうなると彼らは、家族に不平や不満を言うんですね。例えば患者さんが「今すぐシャワーに入りたい!」と言えば、即家族が飛んできて、私たちに「今すぐ、父をシャワーに入れろ!」とせかしてくるのです。とにかく待てない(笑)。CNAたちは今昼食に行ってるからあと30分待ってくださいと説明しても無駄。こっちがどれだけ忙しかろうとお構い無しで、自分たちの要求を言ってきます。というわけで、家族からとやかく言われる前に、私は何事もロシア人の患者から始めることにしています(笑)。

Q. 医師や他の看護師とのコミュニケーションで苦労したことはありますか?

今の施設には、契約医が5名ほどいるのですが、普段は皆各々のクリニックにいるため、施設内には常駐していません。何かあれば、ほとんど業務は電話でのやりとりになります。働き始めた当初は、簡単なやりとりでさえ、全く理解できないことがしばしば。例えば、医師から新しい薬を始めるように指示されても、その薬の名前が理解できなくて、何度も名前を聞いてしまい、挙句の果てに、呆れて電話を切られたこともありました。ですが、やっぱり"石の上にも三年"じゃないけど、慣れてくるものです。今では、医師たちと電話で冗談も言えるほどの仲になってます。

Q. 現在の施設で働くようになるまでの経緯を教えてください。

私は、2014年の7月にLVNの資格を取ったのですが、当時、就活でいくつかSNF (Skilled Nursing Facility)を受けたものの、やはり新卒プラス未経験者という理由で就職先がなかなか決まらず、それでも学校の就職課の方の紹介で、何とかホームヘルスの会社に雇用してもらうことができました。そこで約1年ほど働いた後、看護学校時代のインストラクターから現在の施設を紹介していただき、すぐに応募したところ、話がどんどん決まって雇用となりました。気付けば、勤務してもう2年以上になります。

Q. アメリカで 看護師になろうと思ったきっかけは何ですか?

前回のコラム(この記事の後半)でも書いたように、カレッジを卒業してOPTも終わり、日本に帰国しようか、それとも就活すべきかと迷っていた時に、知人から看護師になれと強く勧められたんです。日本ではホテルや旅行業界で働き、その後も韓国語の通訳をするなどOL生活も長かったので、まさに キャリアチェンジでした。けれど当時、自分にもっと自信をつけるために、看護師になろうと決めたんです。

Q. 日本、韓国、アメリカで学生生活を送った経験をお持ちですが、大きな違いなどはありますか?

日本で大学生だった頃は、バイトに励んでました。入試前に勉強を頑張りましたが、入学後は、勉強という勉強はしてなかったように思います。韓国で学生をしていた1年間は、勉強も多少はしていましたが、もっぱらクラスメートや現地の友人と遊んでた気がします。そしてアメリカでは、語学学校に通ってた時は、それこそ観光に毛が生えただけのような生活を送ってました。しかし、カレッジに入学した瞬間から生活は一変。毎日宿題をこなすだけでも、すごい勉強をしていました。看護学生だった14カ月間は、人生でこれほど勉強したことも、おそらくこれからすることもないだろうっていうぐらいのガリ勉生活(笑)。勉強はしたくないけど、しないとついていけないというのが実情でした。3つの国の違いはというと、これはあくまでの私の見解ですが、韓国人は、自分たちの国に誇りを持っていて、常に日本と比べたがるようです。アメリカ人は、人は人、自分は自分。まったく他人と比較しません。そして本音と建前がなく、言いたいことは隠さず言いますよね。そして日本人は、とても謙虚で他人を思いやることができるなと思います。

Q. 日本では就職での年齢の壁が大きいですが、アメリカではどうでしょうか?

全くありません。むしろ、日本とは逆で、アメリカは何の経験もない若者よりも経験豊富な60代の方が好まれたりします。

Q. アメリカの医療現場で働いてよかったなと思えることはありますか?

日々新しいことの連続で、常に向上心を磨いていけること。最初は、戸惑うこと、分からないこと、悔しいことばっかりで、肉体的にも精神的にも、毎日ヘトヘトになってました。ですが、努力は必ず認められるのです。頑張った分、必ず自分に返ってきます。

Q. 今後の目標を教えてください。

先日、星さんと何年かぶりにスカイプでお話しさせていただいたのですが、その時に"目からウロコ"の情報を頂いたので、今度はRNの資格取得を考え始めたところです!

Q. これからアメリカ看護師を目指す方にメ ッセージをお願いします。

私が、看護師になろうと決めたのは37歳の時。実際に資格が取れたのは39歳です!親には「 今から新米看護師って…。定年まであと半分じゃない!」と言われました。確かに母の言う通り、日本で40代の看護師となると、もう婦長クラスなのではと思います。でも、アメリカでは年齢は一切関係ありません。私も37歳当時「今から看護学校に行って、私の人生大丈夫なの?」と相当悩みました。実際、学校に入学したら、私よりも年上の学生は2人しかいなかったです。しかも、その2人は途中で学校を辞めていきました(笑)。大切なのは、強い意思と努力だと思います。

星さんへ

先日は、スカイプで久しぶりにお話できて、本当に良かったです! 星さん、全くお変わりないですね。相変わらず、エネルギーに溢れた声と太陽のような笑顔で、またまた励まされました。ありがとうございます!不思議なもので、いつも私が壁にぶち当たっていると、星さんと連絡がとれて、壁を壊す術を教えていただく…そんな気がします。今回も、私のような境遇にいる方が、他にも9人もいらっしゃると聞いて、正直かなりホッとしたと言うか、私もまだ頑張ろうと、モチベーションを上げることができました。またお会いしたいです。ぜひぜひサンフランシスコにいらしてください!

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職場で隠撮りされたものです(笑)。中央の黒いスクラブを着ているのが私です(写真下)。

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数カ月前にバケーションで行ったオアフ。一番綺麗なビーチ(名前は覚えてません)で撮った写真です。夕陽がとても綺麗でした。

星宣子から

Maikoさんは、日本・韓国・アメリカの三カ国でさまざまな経験をし、アメリカでの看護留学まで成功させましたね。今思えば、Maikoさんは自力で看護学校探しをして、入学まで果たしたので、弊社とは、渡航前からのサポートではなく、現地でしかも卒業間近にお問い合わせをいただいてからのお付き合いとなります。

Maikoさんからご相談を受けた日のことは、今でもはっきりと覚えています。卒業を控え、将来のことを看護学校の留学アドバイザーに相談したところ「私は、留学生の就活のことについてはよく知らないの。あなたの知り合いのアメリカ看護留学エージェント(私のことです)に相談してくれる?私はその通りするわ」と言われたのですよね。

あの時、たとえ看護学校に入学しても、実際に日本人看護留学生の対応をしたことがない看護学校が多いことを、改めて私も確信しました。けれど、Maikoさんの留学アドバイザーは、その言葉通り、私の指示に沿ってOPT申請とNCLEX書類作成などに迅速に対応してくれました。おかげで、無事にMaikoさんはOPT、SSN、ATTナンバーを取得し、そしてNCLEX合格までできて本当によかったなと思います。現地の看護学校にようやく入学したものの、困って相談してくる人の数は減ることがなく、Maikoさんのようなケースは本当に少ないからです。

現在、MaikoさんはLVNとして働いていますが、次はRN学校への編入を目指すことになりました。日本をはじめ、アジア社会では、年齢の壁でキャリアチェンジの第一歩を踏み出す勇気が出てこないことが多いです。Maikoさんのように37歳でアメリカで看護師を目指し、現地の看護学校へ入学して就職まで辿り着けることができるのは、アメリカ社会の良いところですね。Mさんの体験談は、年齢のことが気になって…という皆さんにとって、勇気を与えてくれると思います。

「RNになったあかつきには、もちろんまた体験談を書きますよ!」と明るい笑顔を見せてくれたMaikoさん。私もその日を楽しみにしています。いつでも相談に乗りますので、またご連絡ください。


以下、2014年8月公開

Q. 看護師を目指そうと思ったきっかけは何ですか。

2年前に、ある知人から強く勧められたんです。私なら、絶対にできるからって(笑)。
当時の私は、カレッジを卒業してそこでのOPTも終了、帰国しようかどうしようかと迷ってた時期でした。が、その友人の一言で自分の進むべき道が見えたと言うか、やりたい事が明確になったと言うか…日本でも、全く足を踏み入れたことのない医療の世界。まさか、この異国の地で、自分が看護師になるなんて、正直思っても見なかった選択肢でした。

Q. 在学していた看護学校では、英語を第二言語とする生徒はMaikoさんだけだそうですが、それを知ったとき不安になりましたか?日本の学生だった時と在学していた状況を比べて学校観は変わりましたか

不安になりました。せめて、韓国人のクラスメートでもいてくれたら、英語で分からないことがあっても韓国語で聞けるのになぁと思いました(笑)。入学当初は、先生をはじめ、クラスのほとんど誰とも話をしてませんでした。クラスメートに、自分の英語が通じるか不安で…でも、次第に私のことを気にかけてくれるクラスメートも出てきて、気づけばコースの後半では何とか、アメリカ人の中でも自分を出してやって行くことができていました。自分の言いたいことが通じたときの喜びは、勿論日本の学生だった頃は感じたことがありませんでした。なぜなら、日本では自分の言いたいことが100%通じるのが“当たり前“でしたから。

Q. 看護学校にはインターナショナルスチューデント・アドバイザーはいましたか。的確な情報は貰えましたか。英語で困る事はありませんでしたか。

私の通っていた学校は、私が最初のインターナショナルスチューデントだったため、学校側も私も初めてのことばかり。普通だったら、こちらからいちいち要請しなくても、当然学校側が用意してくれるような情報や書類等ですら、生徒である私に、学校側がどのようにすればいいのか聞いてくるような次第でした。勿論、インターナショナルスチューデントのための情報は一切ありませんでしたし、英語で困ることも多々。

Q. アメリカ看護留学代表・星さんとの出会いは?

上記に記載したように、私の通っていた学校は私が最初のインターナショナルスチューデントだったため、 インターナショナルスチューデントに対しての学校側の知識が全く無く、 コースの途中、私がI-20の延長を学校側に申し入れたところ、学校担当者からの返事はどのように延長していいのか分からないとのことでした。どうすればいいものかと悩んでいた私に、知人が星さんを紹介してくれました。

Q. アメリカでの看護留学の情報収集および学校選びはどうしましたか?

自分の住んでいる地域を中心に、知人に聞いたり、インターネットで検索したりしました。

Q. 看護学校でクラスを受講した際の感想を教えてください。

自己主張はとても必要だということですね。賛成なら賛成、分からなければ分からないと、はっきり自分の思うところを言わなければ、誰も自分のことを理解してくれないんだということです。

Q. 英語/学科で大変な事は?

【英語】私にとって、普通の英語だけでも難しいのに、医療系の専門用語だらけで、たった1つの文章のなかでも何個分からない単語があったことか。要Google translateでした。
【学科】1週間のうち3日はテストがあったので、その勉強が大変でした。しかも、1回のテスト範囲が半端じゃなかったです。
【NCLEX対策】 D & D、Kaplan。3ヶ月間、毎日平均8時間は勉強しました。

Q. NCLEX合格結果を知らせた人物の順序を教えて下さい。 

親、星さんとその他応援してくださった皆さん(友人等)

Q. 今後の目標や夢を教えて下さい。 

私は、サンフランシスコベイエリアが大好きなので、是非この地域でLVNとして活躍して行こうと思ってます。

Q. これからアメリカで看護師を目指す皆さんへメッセージお願いします。  

A. 勉強は本当に大変ですが、1つ試験をパスするごとに着実に自分に自信がついていくことは確かだと思います。絶対にアメリカで看護師になるんだと強く思うことが、困難を乗り越えていける秘訣だと信じています。あと私事ですが、看護学校時代、私は自分のステータスのことでかなり苦労したので、やはり初めから星さんのようなスペシャリストに相談された方が、あとあと勉強に集中できて良いと思います。

14か月の看護学校生活を今振り返ってみると、いろいろな思い出があります。入学当初の授業では、先生の話していたことの半分も理解できなかったと思います。何しろ専門用語ばっかりで、しかも早口。その授業の最初のテストはやっぱり不合格。先生から個別で呼ばれ、学校を中断して、再度カレッジで英語クラスを再受講してから戻ってきた方がいいんじゃないのかとまで言われました。相当落ち込み、泣いて友人に電話をしたのを覚えています。この時が1番辛かったかな。でも当時の私は、自分は絶対に看護師になると決めていたので、こんなところで自分の夢を諦めるのは絶対に嫌だと思う気持ちが勝ち、その日を境に、もっともっと勉強に力を入れました。最初は、全くわからなかった医療用語やアメリカの病院の仕組みなども、実習に行ったりするうちに、だんだんとわからないながらにも慣れてはくるものですね。学校後半ともなれば、どのようにテスト勉強をしたら効率的なのかということもわかってきて、自分のペースでしっかりと勉強でき、最終の卒業テストにもパス。気づけば、あっと言う間に学校生活が終わった気がします。

その間、何かあれば星さんに相談にのっていただいたり、またどうしたら良いか道標を立ててていただいたり、情報を教えてもらったりと、ずーっとお世話になって来ました。自分1人で悩んでてもどうしようもないことってありますよね?でも、友達に相談したところでわからないもの同士が話をしてても何も解決しない…。星さんは、知識も豊富で、何より私が感じるのは星さんに言われたとおりに行動していたら、物事が絶対にうまくいくということです。星さんに出会えていなかったら、今の私はここにいません。あのとき、知人に星さんを紹介してもらえて、本当によかったといつも感謝しています。

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看護学校時代、実習先のナーシングホームでクリスマスデコレーション作成中

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看護学校卒業式

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ニューイヤーズイブのマスクパーティ

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ハロウィンの仮装。私は大体これ系のコスチュームです(笑)

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旅行先のアリゾナ州セドナ・ベルロックにて

星宣子から

麻衣子さん、アメリカ看護師デビューおめでとうございます!

麻衣子さんとは、1年ほどのお付き合いです。お互いに電話やメールでのやり取りはしておりましたが、実は今まで一度もお会いしたことはないのです。もし街中で麻衣子さんに声を掛けられても、正直わからないかもしれません(笑)。こうして今回のインタビューでお写真を拝見したのが初めてなんです。

それなのに、ここまでの繋がりや信頼関係を築けたことは凄いと思っております。看護学校卒業間近にいただいたご相談でしたが、麻衣子さんがアメリカ看護師としての一歩を踏み出すサポートが出来たことは私自身とても光栄に思います。看護学校の多くは、留学生を扱った経験がないため、留学生の滞在資格や看護師資格取得後のサポート、ましてやインターナショナルアドバイザーもおらず、何か問題が起こってもわからないで、そのままに放置される事が多々あります。今思うとそんな状況で、麻衣子さんからの一本の電話でスタートしたサポートでしたね。

ここまでも大変でしたが、ようやくスタートラインです。アメリカ生活で学んださまざまなことを看護師としてこれから大いに反映させ、活躍して欲しいです。近々、サンフランシスコからわざわざ車でロサンゼルスまで運転して会いに来て下さる、とお伺いしているので、対面できるその日が楽しみでたまりません。たくさん語りましょう!!