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卒業後すぐにNCLEX試験!グリーンカード取得のチャンスが。

プロフィール
高校卒業後、留学のため渡米。ロサンゼルスの語学学校を経て、コミュニティカレッジに入学しChild Developmentを専攻。卒業後はOPTを利用して幼稚園で勤務。その後日本に帰国し、介護の仕事に4年間従事する。2011年、看護師を目指し二度目の留学を決意。2015年2月に、看護学校を卒業した。

卒業を迎えて

ようやく学校を卒業し、NCLEXもパス。やっと心の底から落ち着ける日が来ました。本当に看護学校に在籍している間は、いろいろな事がありました。生徒同士やときには先生との間に起こる人間関係のもつれ合いに、勉強やテストのプレッシャー。さらに留学生として、いくら友達が立場を理解してくれようとしても、分かり辛い部分もたくさんありとても濃厚でした。卒業後は、卒業できて嬉しいと言うより、仲の良い友達以外の人に会わなくてすむ!という開放感の方が大きかったです。いろいろなことがありましたが、それでも私はクラスのなかでは、あんまり知らなかった方だと思います。何か問題が起こると、一心不乱に食べ物の事を考えて(笑)、聞こえない、見えない、関わらないようにしてたので…。

○卒業後すぐにNCLEX試験!

卒業後、ほっとしたいのはやまやまでしたが、とにかくNCLEXがクリアにならないと、今までの努力も水の泡。でも看護学校時代も、家と学校の往復だけの生活に飽き飽きしていたので、やはりたまには遊びたい!でも息抜きで遊びに行っても、頭の中では常に勉強の事を考えていました。いっそ家に帰って、遊んだ時間分勉強した方が精神的に落ち着いたかも?と後悔したことも。外の空気を吸ってから勉強に戻る辛さ。1日200問、週末は300問を解く。そんな日々が試験日まで続きました。あぁー。何をしても逃げられないプレッシャー。経済的にもプレッシャーで大変でした。

NCLEXの試験では、3,000問の中から最低75問~最高265問が出題されますが、私の場合205問でした。85問過ぎた後からは、早く終わりたくて終わりたくて仕方がありませんでした。文章問題も凄く多くて4時間かかって終わりました。試験直後は、絶対落ちたと思い悲しい気持ちになりながら車へ。後日たくさんの人に状況を説明したらみんなが励ましてくれ、とにかくひと月後の結果を待つことになりました。

試験場でのことを学校にも報告し、自己採点で試験結果を見てみることになり、物凄くドキドキ。試験を受けた日よりも緊張しました。なんとか合格してるような結果が出ましたが、まだまだ正式な通知がないので、ひたすら待ちました。そして一か月後に合格通知が来ました!アメリカって本当に待つ時間が長い!

○アメリカで就職するということ

卒業前の学期中に、星さんからアーバイン市の自宅で介護をして欲しい方がいるというお話しをいただきました。私の住んでる所からは距離があったのですがやってみることにしました。この紹介が、私の今後の人生を大きく変化してくれるきっかけになるとは、そのときは予想もしていませんでした。
「卒業後は、アメリカでの医療経験が重要!!」。これはいつも星さんが言っていた言葉です。結局卒業後は、星さんが紹介してくれた介護の仕事に就いたのですが、患者さんのことを知り、信用を得るまでは凄く大変でした。しばらくお家でお世話をしていた後、患者さんがボーディングケア(医師の指示の下、看護師や看護師補助ら医療従事者が、24時間体制で患者に対応する施設)に引っ越しすることになりました。たまたま私のシフト中に引っ越しがあり、ケアギバーさんに引き継ぎとトレーニングをする日が続きました。その後もう患者さんに定期的に会うことはなくなるのかと思っていたら、ボーディングケアのオーナーさんから「良かったらアドミニストレーターとして、私の所で働きませんか?」とお仕事の誘いを頂きました。アドミニストレーターとして働くためには、アドミニストレーターライセンスクラスを取る必要がありましたが、無事試験にパスしてライセンスをもらうことができました。以下は私が取得したライセンスです。
http://assistedlivingeducation.com

○グリーンカード取得のチャンスが!

その後オーナーから「グリーンカードスポンサー出来るけど、どうする?」と、急に言われ、嬉しい反面「本当?? 永住権?この私に!!」と思いました。早速このありがたいお話しを受け、すぐに弁護士に相談し、グリーンカード申請のプロセスを開始しました。

思えば、看護学校入学から卒業まで、いつも星さんには「今こんな感じで~す」というような気持ちや近況をメールやテキストで伝えてきました。実はグリーンカード申請中も、外国人は合法なステータスを自分でキープしないといけません。そのためOPTを申請するのですが、確実にNCLEXをパスしてからでないと申請できないので、正式な試験結果発表を待つことになりました。しかしここでI-20の有効期限が問題になってきたのです。弁護士からはグリーンカードの次のステップであるEDD申請をするかどうかを決めるため、正式な試験結果が出たら直ぐに連絡するように言われていましたが、私としては、グリーンカード取得するまでに待ち時間が必要なので、何とかお金をかけず少しでもI-20を伸ばして貰えないかと考えていて、学校にも相談していました。しかし学校側からは「これ以上、期間を伸ばす事はできない。Noriko(星さん)の方が経験あるから彼女に確認してみる」と言われたのです。学校の留学担当者も私と同じように星さんを信頼しているのは知っていましたが、滞在資格やビザに関しては、看護学校側が慣れていないことは承知だったので、やはり星さんに確認したい!と思いました。そこでI-20が切れる2日前に、星さんにカウンセリングをしていただくことになりました。

私は「弁護士には『NCLEXに合格した』と言ってEEDを申請してもらい、さらに学校側にI-20の期間を延ばしてもらうことはできないのか?そうすれば、OPTの開始を遅められるし、合法的に滞在できる期間が長くなる」と思っていました。ところが星さんからのアドバイスは耳の痛いところもありましたが納得することばかり。流石でした!!

○星さんからのアドバイス

  • I-20には、書類上での滞在期間が切れていても、60日間の“グレースピリオド”と呼ばれる合法的に滞在できる期間があるので、その間にOPTを申請する。
  • 1日も早くEEDを申請して、次のグリーンカードステップを早めた方が良い。
  • もし私が学校側に試験結果がまだ来てないと言ってI-20の期間を延ばそうとすると、学校に嘘をつくことになる。今のステータスは、全て看護学校側の協力があってのことなので、嘘は良くない。
  • 今後、EEDの手続きを進める上で、弁護士が学校に私のことで問い合わせを必ずしなくてはいけなくなる。その時に私が嘘をついてるとばれたら、I-20やOPT(その時の私のステータス)を学校が切る可能性がある。
  • ということで、私は学校と弁護士にちゃんと試験結果を伝えることにしました。またOPTを申請するにあたって、I-20が切れてから60日以内に申請すること、そしてOPTを申請してから手続きには90日かかるのでスタートする日は90日後で良いことが分かったのです。私も学校も"グレースピリオド"の60日の間にスタート日を設定しないといけないと思っていたので、危うくアメリカに滞在できる時間が短くなるところでした。また星さんから、ある一定の所までグリーンカードのプロセスが進むと、日本で待っていても良いと言われ、弁護士にそれがいつなのか聞いてみるようにアドバイスされました。早速弁護士に聞いてみると、EED申請後、6か月後位で移民局での手続きが始まるから、その後は日本で待ってても良いという返答がきました。でもこれが上手く行かなかった場合を想定し、今後のことも弁護士に相談したのですが、"You are thinking too much. Don’t worry. There is a way. Let me file EED and go to immigration. What you do now is fax NCLEX official letter and ADMINISTRATER’s license. It will help you to go through paper work faster with qualification" と、ハイテンションで言われました。あれこれもう考えてる暇がないので、これを信じて前に進むしかありませんでした(笑)。

    ○星さんへの感謝

    留学から卒業、就職まで…星さんにはこれまでいろんなことでお世話になりました。辛いことも苦しいことも、今ではライフレッスンの一つだったと思い、今後の人生に生かすことができれば良いなと思っています。それでもビザのことやいろんな問題で、心が折れそうになることが多々あります。そんなときはやっぱり常に信頼している星さんに連絡(笑)。海外生活において頼れる人が近くにいる、相談に乗ってくれる人がいるということは、本当に自分自身をより良い方向方へ導いてくれるんだ!と心から思います。もちろん私自身も強くなったと思います。少なくともアメリカでの生活で、人間関係の悩みのストレスを感じるボーダーラインが上がりました(笑)。星さん、今後もどうぞよろしくお願いします!

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    司のマキさん(左)。いつも笑顔を絶やさず、絶対に怒らず、人を大切にされる方です。マキさんの近くにいたり話したりしていると、なぜか幸せな気分になったり、こんなことで悩んでる場合ではないなと思えてしまいます。ボクシングが趣味のケアギバーさん(右)は、凄く優しい方で、何かあると手を差し伸べてくれます。ジョークを飛ばして、笑いの絶えない空間にしてくれます。

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    試験にパスしたという手紙をもらったときは本当に嬉しかったです。今、ようやくほっとしています。これから試験を受けるクラスメイトには「私でも受かったんだから大丈夫!」と言って励ましています。


    星宣子から
    瀧瀬可奈さんへ

    最初にロサンゼルスで出逢った日から、可奈さんがアメリカで看護師としてデビューし、永住権申請まで行ったことを本当に誇りに思っております。20歳前後で看護師留学をするために渡米し、苦い思いをして日本に一旦帰国。それから4年もの間、米国看護師への夢を諦めずに準備をして再渡米した可奈さん。私も可奈さんの渡米が再決定した後、可奈さんに合った語学学校や看護学校選びに時間を費やしてきました。看護学校選びは留学アドバイザーの大切な仕事の一つだと心から思っているので、何度も看護学校へ足を運び、入学後もアドバイザーや看護科のディレクターと何度もミーティングを重ねてきました。アメリカでの看護留学は、学校選びから入学から卒業にいたるまで、そしてNCLEX試験合格のハードルはとても高く、また勉強量も驚く程多く大変なのが現実なのです。

    可奈さんは、再渡米後、まず語学学校で英語力をつけ、医療ボランテイアを経て、看護学校に入学。NCLEX合格と永住権取得は、これらの努力の賜物と言えます。悔しさのあまり泣きながら私に電話をくれた日、嬉しくてテキストしてきた日、困ってメールをくれた日 – 私はいつも可奈さんに「迷ったらSTAY、決めたら迷うことなくGO!!だよ」とも言い続けてきました。誠実な心で何事にも立ち向かおうとする可奈さんは、正直すぎて誤解をされたり、周りの人から妬みをかったりと、思いがけないようなことを看護学校中にたくさん経験したようです。そんな苦難を乗り越えて勝ち取ったアメリカ看護師デビューだからこそ、今は自分を褒めて喜んではしゃいで欲しいです。

    日本にいるご家族は、さぞかし長女の可奈さんを誇りに思っているのではないかと思います。それと同時に、就職後は日本にどれだけ帰ってきてくれるか心配されているかもしれませんね。

    あと半年もすれば、永住権保持者の看護師として働くことができます。永住権取得後は、初任給でディナーをご馳走してくれると言ってくれたので、その日を心待ちにしています。私にとっても、可奈さんの卒業・就職はとても嬉しいです!
    これからも「頑張りすぎず、自分らしく~!」応援しております!

    星 宣子


    2014年5月掲載

    Q. アメリカのコミュニティカレッジを卒業後、看護師を目指してアメリカに戻ってきたそうですね。

    コミニティカレッジ(短大)で専攻を何にするか迷っていたときに、看護科があることを知り ました。ところが説明会に行ったところ、授業を取るのに最低2年以上待たなくてはいけないということで、もう一つ興味のあったChild Developmentをメジャーにして卒業したんです。その後日本で働いていたのですが、夢をあきらめられず再渡米。待望の看護学校に入学しました。現在カリキュラムが半分終わったところです。仕事を辞めてまで渡米したのは、夢に看護学校が出てきたから(笑)。要するにずっと心のどこかで、あきらめたくないという自分の気持ちが強かったんでしょうね。また星さんに相談した際に「人には3回のチャンスがあって、それが巡ってきた時に逃さないこと」という言葉が後押しになって決意しました。

    Q. 現在在学中の看護学校では、英語を第二言語とする生徒は可奈さんだけだそうですが、それを知ったとき不安になりましたか?以前、短大生だった時と今の状況を比べてどうでしょうか。

    物凄く不安になりました。コミュニティカレッジの時は、生徒数が多かったので授業中に先生に当てられることもなく、質問する生徒もほとんどいなかったのですが、看護学校は少人数なので、誰かが質問しても、先生が答えずにほかの生徒に答えさせることもあるんです。また皆の前で話すことも多く、教科書を音読させる先生もいらっしゃるので凄く緊張します。

    またコミュニティカレッジでは、一コマ2時間程度ですが、看護学校では一日中一緒にいるので、クラスメイトが仲よくなり、ジョークもばんばん飛び交うんです。でも私にはジョークの半分以上が理解不能なのと、日本人とアメリカ人では笑いのツボが違うので、取り残された気分になります。それから授業に関してですが、英語で病名を言われても、全くわからずついていけない時もありました。日本語に訳すと、よくある病気だと思うんですけどね。それから日本語だったら簡単に説明出来るのに、英語だとどの単語を使ったらよいのか、どう説明したらいいのかわからなくなります。なので、実習で患者さんに色々聞かれた時にちゃんと答えられるだろうか?と不安になることもあります。

    Q. 試験勉強で心掛けている事は何ですか?

    時間はかかりますが、なんでも紙に書いて覚えていくこと。青のペンを使うと記憶しやすいと聞いたので、勉強中は青のペンを使用。わからないことはネットで調べます。

    Q. テスト結果等を知らせたい人物の順序を教えて下さい。

    テスト結果は、家族と星さんに同時に知らせます。他は聞かれれば…答えています(笑)。

    Q. 将来の夢を教えて下さい。

    将来はERで働きたいと考えています。そして痛みの少ない注射を打てるようになること。患者さんが退院するときに、心から「ありがとう」と言ってもらえる看護師になることです。

    ただいま猛勉強中!看護学校ダイアリー

    山のような宿題とテストに悲鳴!

    急遽、昨年の9月にロサンゼルスの看護学校入学が決まり、嬉しさと不安でいっぱい。参加したオリエンテーションでは、色んな人種の人がいたのですが皆アメリカ人で、外国人または英語が第二言語の生徒は、私だけ。スタッフの説明を聞き、緊張しながらもとうとう夢が現実になる日がやってきたと実感!

    クラス初日。もちろん周囲に知り合いはいないのでドキドキ。授業スケジュールを見ていると、一日1チャプターのペース!一学期分の予定表を貰ったけど、一体どこまで行けるんだろう?もしかしたら、途中で終わってしまうのかも?と思う。チャプターの長さはまちまちだけど平均40ページ。しかもぶ厚い教科書に細かい字。教科書を見る度に"私、大丈夫か?"と不安に。しかもプリントが多く、教科書でいっぱいいっぱいなのに読めない。読みたくないと思うけど読む。先生の話を聞いてるのに、緊張して耳に入って来ない。とりあえず宿題は聞いてきた。

    2日目もまた緊張。また長いチャプターに、自分の英語力のなさに悲しくなる。来週さっそくテスト。先生が難しいって言ってたから、私は皆より努力しないとついていけない。辞書を片手に猛勉強。ところがテストの前夜に、緊張し過ぎて眠れず体調を崩す。幸い、学校へ行く時間には元気になりテストを受けるが、結果は合格点に届かず。あんなに勉強したのに!英語力のなさ、そして勉強量が足りなかったんだろうなと思いながらも、凄くショック。今日クラスをキャンセルするなら、授業料は全額返金。最終決定しなければ…。授業後、先生に今後どうするかを相談したら「私を信用して。あなたは大丈夫だから。私が言った通りすれば必ず大丈夫」と応援してくれるものの、素直に受け入れられず。でも先生についていけばよいのなら、ついていこうと決める。毎週テストにゾッとするけど勉強し続ける。2回目からは、パスできたものの、努力した分の結果が出てなくて悲しい。でも次々先のことを考えなければならないし、新しい情報も多く後戻りは出来ない。元々本を読む事が嫌いな私には、教科書からは頭に入らないので、You tubeで解説をしている映像を見まくり、理解してから教科書を読むことに。お薦めは、Michael Linares さんのビデオ。とてもわかり易い例えを使っていて、テストの時にすぐに思い出せる。

    英語漬けの生活にストレスもマックス!

    週末はもちろんのこと、日々勉強し英語ばっかりの生活をしているとストレスがたまる。丁度1学期の半分程が経ち、クラスにも慣れ仲の良い友達もできた。お互い愚痴を言い合い励まし合ってる。皆で言う愚痴は決まって同じ。看護学校入学を決めたのは自分だけど、勉強ばっかりではさすがに辛い。遊びに行きたいけど行けない。我慢できずに遊びに行ったら、勉強時間が足りないと後悔。そしてテストに落ちるパターンにはまりそうで、心から楽しめない。勉強するけど、問題は応用編が多くてどれだけ勉強しても、常にテストに怯える。でも「みな同じ状況。一人じゃないから」と言って励ましあう。でも私にはさらに別のストレスがある。英語に浸かり過ぎた日々のあまり、日本語で細かいニュアンスの愚痴を言いたくなる。クラスメイトと話をするときは、頭をフル回転させながら英語で喋っている。だから日本人の友達に話を聞いてもらうとスッキリ。

    ところが今度は"勉強したくない病"にかかってしまう。とりあえず何もしたくない。テスト準備を始めないと、後で時間に追われ、頭に入らずパニックになる自分を想定する。でも気分が乗らない。あきらめて一日休憩するけど、案の定次の日軽く焦ってきた。でも“勉強したくない病”は治らない。半日休憩し、とうとう夜に勉強始めるが、全部カバーできず後悔。案の定テストに落ちる。再テストでパス。勉強サボって楽にテストパスラインでパスしようとした私が悪かった。あれだけ努力しないとついて行けないと痛感する。また努力を始める。

    待望の実習。自分の選んだ道に間違いはない!

    遂に老人ホームで実習。緊張したけど、いざ行ってみると凄く良い所だった。私を担当してくれるCNAは凄く優しい。「手伝ってくれてありがとう」と何回も言ってくれる。ボランティアで来てる人もとても優しい。挨拶はいつもハグ。利用者さんも優しい。レディファーストで接してくれるし「笑顔が可愛いね」と褒めてくれる。こちらこそ「ありがとう!」。笑顔は、ユニバーサルランゲージだと誰かが言っていたのを思い出す。

    仕事の内容は、日本にいたとき介護の仕事でしてたことと同じ。ただ、英語で何と説明したらいいのか分からず困る。周りの人の言い回しを聞いて学ぶ。実習に慣れてきて利用者さんとも会話するようになる。自分の人生経験を元にアドバイスをくれる。自分のことを元気よく話してくれる。国は違っても、日本で出会った利用者さんと基本同じことを言っている。「常に感謝すること」「人を助けること」。色々あっても、自分の選んだ道だから間違いない。何だかんだで、困難を乗り越えて行けると思った。そしてあっという間に一学期が終了。この後3週間の休みをゆっくり過ごす。

    再テストは5回まで。一学期より過酷な二学期!

    2学期の始まり。クラスには慣れたものの、スケジュールを見て「大丈夫か?」と不安になる。1学期は、何回でも再テストを受けれたけど、今学期は5回まで。不安がより一層増していく。独自の勉強法で、教科書やプリントの読みには慣れてきたものの不安。今学期から、先生の話を録音して、後で聞き直すことにした。先生が「テスト難しいよ」と言ってたので、猛勉強した。でも一回目のテストに落ちる。5回しかないチャンスをもう一回使うことに。これから先が長いのにどうしようと悲しくなる。大体先生が難しいと言うと必ず落ちる。解剖生理学と薬学が足を引っ張り、しかも覚えるのに時間がかかる。毎週20個の薬名(Trade Nameと Generic Name)がそれぞれ 何の薬か、そしてその副作用、服薬法、量、そして特に気をつけないといけないことを覚えていく。

    解剖生理も覚えることが多い。コレを覚えて使いこなせたら、カッコイイ!と思うけど、凄くややこしい。もっと馴染みやすい名前は付けられなかったのか?と思ってしまう。それぞれのシステムについて覚える事が多い。病名、原因、対処法。You tube で映像を観てひたすら頭に入れていく。実習先で病名を見たら、治療法を調べて、何故この対応をするのかを理解する。解った時は嬉しくなる。毎週テストの度に色んな事を学ぶ。一学期も大変だったと思ってたけれど、二学期はもっと大変。一度落ちてからは、パスし続け二学期も乗り切った。

    卒業まで残り半分!希望溢れる将来のために

    アメリカに来てからつけている私の日記には「毎週火曜日:テスト」と記してある。テスト前は相変わらず不安だし、ちゃんとパスできますように祈りながら過ごしている。でもパスしてしまえば、ゆっくり眠れるのが嬉しい。改めて日記を読み返すと、約8か月間にわたって「次のテストでは、もっと良い点を取れるように努力しよう」と同じことが書いてあり笑える。今学期も一学期と同じ苦しみはあったものの、もう後半分。これが終わって働き始めたら「今出来ないことが出来るようになるはずだね」と皆で励まし合っている。

    Kana Takise 実習
    現在実習に行っているMission Community Hospitalです。 

    Kana Takise ハロウィン
    West Hollywoodが、ハロウィンの日は凄いと聞いていたので行って来ました。皆さん凄く気合いが入ってて、映画で使えそうなコスチュームばっかりでした。 

    Kana Takise Korea town
    ルームメイトと一緒に飲みに行った時の写真です。コリアタウンの居酒屋は、平日だと全て半額というところがあり、沢山食べて飲みましたが、ホントにリーズナブルなお値段でした。 一緒に住んでても、ほとんど会うことがないので、ガールズトークで盛り上がりとても楽しかったです。 

    Kana Takise
    友達の子供と、そのひいお婆ちゃんです。友達の仕事場に会いに行ったら、ハロウィン前でお婆ちゃんがコスチュームを見せてくれました。いつも私に癒しを与えてくれる2人。そしていつも応援してくれます。  

    Kana Takise
    日本で介護の仕事をしていた頃はあんまり写真を撮っていませんでした。写真は、職場でクリスマス会があったのですが、私は居残り組だったので“ゴージャス弁当”を頼もう!と言うことで食べてるところです(笑)。全部食べたら胃がはちきれそうになりました(笑)

    Kana Takise
    気晴らしに誰かとご飯に行くのが、今の趣味と言うか息抜きです。クラスメイトの誕生日会に行って来ました。普段勉強で忙しく、なかなか出かけることが出来ないので、誕生日会で食べて踊って楽しかったです。

    星宣子から

    星宣子から
    可奈さんと私の出会いは、今から3年ぐらい前になりますね。私が前校を退職した後に作成した弊社サイトを見つけ、コンタクトして来てくれましたよね。そして本格的な留学前に、ロサンゼルスのオフィスへ来ていただき、看護学校入学までの念入りなカウンセリングと渡米前までのスケジュールを組んだ事を思い出します。

    そんな可奈さんも、今では看護学生折り返し地点の3ターム目突入ですね。入学当初は、コミカレとは一味違った看護学校生活に戸惑いを見せていましたが…今ではすっかりローカルの看護学生学校スタッフも驚く程の成長で、実習中は日本での介護士経験を活かして活躍しているようですね。また定期的に『カカオトーク』で、私生活での様子を知らせてくれるので、可奈さんの学校生活が手に取るようにわかります。
    私から見る可奈さんは、留学生とは思えない程の行動力と語学力、そして正しい判断基準を持ちながら、日々アメリカ生活での生き方?みたいなものを学んでいる気がします。異国の地で、アメリカ社会に立ち向かっていこうとするエネルギーと、忍耐力は立派です。入学当初によく可奈さんから「星さん、これってアメリカでは普通なんですか?これってアメリカの看護学校では普通なんですか?」と矢継早に飛んできた質問を思い出すと懐かしく思います。

    可奈さんがアメリカで看護師になった時は、その最高の笑顔で患者さんはもちろん、周りのみんなに安らぎと幸せを齎してくれる人物だと思います。

    「頑張り過ぎず、背伸びしずぎず、可奈さんらしく!!!」

    夢実現、心から応援しております。


    星さんとの出会いからアメリカ看護学校入学まで

    2015年5月掲載


    高校生の時からずっとアメリカに行って、「英語を勉強するんだ。」と思いながら、高校生活を送っていました。高校卒業後、アメリカ中西部の短大へ留学しました。短大に通ってる間自分のメジャーをどれにしようかと迷っていた時、「看護師メジャー」に関する特別な説明会に参加しました。この時、初めて「私が目指しているのはこれだ!」と思いました。ところが説明会終盤では、看護学科を学ぶ為には、平均2年間のウェイティングリストがあり、入学希望者たちはその為に仕事をしたり他のメジャーを取得したりして待っている事も分かりました。「待ち期間は、平均2年で待っても確実に入学できるかどうかも保証はない」とも言われました。留学生の私には、経済的にも時間的にも2年間という時間は待っていられないのと、確実に入る保証がないという事がネックになり、悩んだ末他のメジャーで卒業することにしました。

    その後日本に帰国し4年間働いてきました。アメリカに戻りたいと気持ちが強くなり、いつか戻ろうと願っていました。その時、何気なくロサンゼルスウエブ情報では有名な、「びびなび」のサイトを見ました。        

    この時、直ぐに看護学校の記事を発見し、コラムニストの アメリカ看護留学のカウンセラー星さんに連絡を取りました。親切に対応して貰ったのと、凄く丁寧に今後の相談に載って頂けたのと、何よりも応援して下さる気持ちがとっても嬉しかったです。

    「そして、やっぱりこれだ!」と思いました。インターネット上での情報で学校は決められない 。昔、アメリカ短大の時の説明会でも、看護はとても人気と聞いていたので、実際に学校をみて、星さんにも詳しく学校についても就職についても話しを聞いてみたいと思い下見に行きました。星さんには、学校紹介を含め、学校見学等も一緒に行っていただきました。私が質問したい内容は勿論、星さん自身が気になっている質問を学校全体を運営しているデレクターにバシバシと質疑応答する姿を見て、「星さんの紹介する学校に入学したい!」と思い、必死に日本で働き、こうして二度目の留学を決めました。

    英語の復習や看護学校入学試験準備を兼ね、初めは語学学校に通いながら、看護学校入学試験準備に取り掛かりました。私は、テストがとても苦手で、頭がいいとも思いません。入学試験大丈夫だろうかととても不安でした。いつも星さんに話をすると、「私が大丈夫って思って言葉に出した人はどんなに本人が不安でも大丈夫だから」と励ましてくださると同時に入学試験準備までのTUTORもして下さりました。入学試験に合格するまではやはり自信はなく心配と不安でした。

    第一回目テスト終了。長時間の緊張と、頭を使ったので、気分が悪くなってしまいましたが、そのような状態で帰宅しました。ボーッとしたまま家に帰り極度の緊張からやっと開放されました。でも、まだあと2つテストがあるからどうしようと思っていた自分もあります。特にボキャブラリーは沢山ある言葉の中からどう勉強していいかもわからずです。でも一度受けてみないとわからないと思ってまた極度の緊張と共に受けました。本当に私大丈夫か?と思いながら、受付の人に励ましてもらう日々でした。準備万端試験に向かい、 無事合格。

    この時嬉しい気持が強すぎて、1人で道を歩いててもニヤニヤしてました。そして、いつも励ましてくれてた 星さんや受付の人、応援してくれた友人にもありがとうという気持ちでいっぱいになりました。

    ラインで、日本に カウンセリングに行っている星さんに、すぐに連絡しました。東京にいた星さんも「合格するに決まっているじゃないですか!かなさんですよ。」と・・。
    本当に本当に本当に嬉しくって、夜はワイン一本飲んで、お祝いしました。

    看護学校入学試験を受けるまでのTUTORから、全てテストを受けて合格するまでに、3週間かかりました。 この3週間はっきりいって辛かったです。自分の努力するにも関わらず、結果が直ぐに出ないのです。でも、このモヤモヤした不安な気持ちの中でも、努力した自分を褒める事と応援し続けてくれた方に感謝する事を学びました。        

    これからアメリカで初めて看護師を目指す皆さんへメッセージです!

    私が、カウンセラー星さんとネット上で出会えたきっかけはとても大きいです。ここまで計画した日程で今無事看護学校入学も出来ました。カウンセラー探しから、学校選び、そして看護学校入学までは、大変な事だと思います。これからのがもっと大変なんだよ!と、星さんに言われていますが・・。

    相談できる頼れるカウンセラー星さんに皆さんも相談されるのはいかがでしょうか?

    カルフォルニア ロサンゼルスで看護師目指して頑張ります!!
       


    ギャノンさんからカナさんへのビデオメッセージ