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Hiroe Oさん RN

テキサスからカリフォルニアへ アメリカで看護師になる為に国内移動 !!

《プロフィール》
名古屋市立大学卒業後、大学付属病院のICU/CCUで勤務、院内のCPR/ACLSのインストラクターや外来看護に携わる。日赤医療センター献血ルーム勤務を経て、アメリカのテキサス州にてオーペアプログラムに参加。再渡米し、4年制大学の健康教育学部を経て、公衆衛生修士号を終了。地域の公衆衛生と研究に携わる。

海外留学をしようと思ったきっかけ
海外の文化や医療に興味があり、旅行が好きで大学時代に行ったオーストラリアのメルボルンでの短期看護留学体験や、アフガニスタンなどの紛争地で傷を負った子供たちが療養していたドイツの平和村でのボランティア経験から、言葉や文化の壁を越えて、看護の仕事ができたらと考えていました。

アメリカの看護留学に関して思うこと
看護師として在職中、アメリカのオーペアプログラムを知り、子供が好きだったこともあり看護留学を決める前に参加することにしました。滞在先の家族がとても親切にしてくれ、双子の世話をしながら看護留学の情報収集後に再渡米し、コミュニティーカレッジなどで基礎の科目を取りながらNCLEXの勉強と準備をしました。

私が住んでいたテキサス州にも大きなメディカルセンターがありましたが、都市部では看護師の供給が需要を上回っている状況でした。看護学部はアメリカ人でも入学競争倍率が高く、郊外の病院で経験を積んでからもしくは何らかの強い推薦状がない限り、新卒でそのエリアで働くのは難しいようでした。私も看護学部編入を考えていたのですが、外国人ナースへの道はさらに険しく、学校に入り直しても就職難から帰国する留学生が多くいる現状を知り、その時は一時断念しました。

公衆衛生学への進学/ Health Disparitiesという研究領域
テキサス州の大学でお世話になった先生が地域の健康教育や研究に関わっており、私も疾病予防や健康促進の取り組みに興味があったので、公衆衛生の分野に進学することにしました。私が卒業したプログラムは、Health Promotion and Behavior Sciences で、日本の地域看護の活動領域に重なるところが多くあるように思いました。 日本では、公衆衛生学は主に医学部を母体とした講座や研究室がまだまだ多いと思うのですが、アメリカではいろんな職種の人がその学部で学びます。私のクラスメートも、病院の医療関係者だけではなく、ビジネス、学校の教員、栄養管理士、地域のNPOで働いている人など様々でした。

私が専攻したHealth Disparitiesという研究領域では、アメリカの医療問題、人種や貧困などに関わる健康格差について議論します。これだけ医療が進んでいるといわれるアメリカでなぜ新生児死亡率が高いのか、低所得層の健康問題、高齢化社会に伴う医療ケアの増大など、アメリカが直面している様々な課題があります。

健康とは、WHOの健康の定義にもあるように、身体的な状態だけを指すのではなく、社会的にも精神的にも満たされた状態を意味しますが、薬物中毒や自殺など心の健康問題を通しても、健康である意味や目的、そのための医療や看護における役割など、考えさせられることが多くありました。

今回、テキサス州からカリフォルニア州へ引っ越すきっかけとその経緯
テキサスの小学校の保健関連の仕事で夜遅くまで授業の用意をしていた時、たまたま星さんのAmerica Kango の看護プログラムを見つけました。そのころはOPTも終わりに近く、自分のできることは全てやり尽くしたと思う一方で、志半ばで帰国の準備をしていた頃でした。どうして星さんのサイトに辿り着いたのか未だに不思議ですが、最後のチャンスのような気がし、すぐにメールで問い合わせをしました。

ただ、いろんな意味で底をつきかけていたので、今からカリフォルニア州へ行くのはとても勇気がいりました。またゼロからのスタートのような気がして本当に不安でした。いろいろ考え悩んだ末、自分自身と改めて向き合った時にやはり看護の道に戻りたいという思いが強くあり、カリフォルニア州へ引っ越して看護学校へ転校することにしました。今でもまだ、朝起きると自分がどこにいるのかと思うほど、この数カ月で物事が目まぐるしく変化し、それにまだついていけていない自分がいます。

アメリカの文化と生活
アメリカに来て、言葉の壁以上に想像もしていなかったような大変なこともいろいろ経験しました。アメリカ人のクラスメートに貸した私のノートをテスト1時間前に返されテスト勉強ができなかったり、何日も前から予約の確認をして遠くまで運転して行ったのに予約をすっぽかされたり。

私は人種という区分で人を見るのは好きではないですが、アメリカは人種の坩堝(るつぼ)というだけあって、いろんな国や文化を背景にもった人の集まりで成り立っています。何が正しく、どちらが間違っているというのではなく、いろいろな価値観が共存した国、それがアメリカだと思います。人は徒に「幸せ」を求めがちですが、実は、良い事も悪い事もすべてが必要な巡り合わせでできていて、それを本当の意味で「仕合せ」と呼ぶように、アメリカでの生活はいろんな意味で自分を成長させてくれる学びの場になると思います。

America Kangoのサポートに関して
エージェントを通した留学は費用がかかると思い、今まで自分でやってきたのですが、自分ではどうしたら良いのかわからない部分も沢山ありました。星さんとのSkype相談では、そのわからなかった部分や知らなかったことを本当に納得するまで答えてくださり、出来ること/出来ないことをきちんと説明してくださったので、自分の今後の計画を立てる上でとても役立ちました。看護学校編入の手続きが完了するまでサポートして頂いたので安心できました。

また、この看護プログラムに参加された方の体験談を読み、いろんな道を経てここに辿りついた方の勇気に後押しされ、看護の道へ再度、挑戦する決断ができました。

今考えて思うこと
渡米直後は、自分が子供に戻ったかのように今まで一人で出来ていたことができなかったり、会話が理解できないなど、なんともいいようのない孤独感があったのを覚えています。

物事の過程の途中にいると、自分の選択は間違っていたのかもと後ろを振り返り後悔したり、自分と周りを比べて自信を無くしたり。また、先を見すぎて不安と焦燥感に苛まれたこともありました。そんな時、いつも私を支えてくれたのは家族であったり、身近にいる友人であったり、たまたま通りかかった人の温かさや、何気ない小さな優しさでした。

私一人では乗り越えられなかったと思います。沢山の人の支えや言葉で、またこうして自分の本当にやりたい事にチャレンジ出来る事に感謝でいっぱいです。

今後の抱負と星さんへのメッセージ
今回、星さんを通して沢山の勇気をもらいました。初めてSkypeでお会いした時、遠回りをして時間ばかりが無駄に過ぎていったように感じていた私に、「辿り着ければ時間と年齢は関係ない。」と話された星さんの言葉がとても印象的でした。

アメリカでは、特に人との繋がりなしでは難しいことが多く、”外国人”である私一人の力には限界がある事を身をもって経験していました。そんな状況での星さんとの出会いは、何か止まっていた歯車が動き出したような「仕合せ」のようにも感じました。

この看護プログラムを構築するまでにいろいろご苦労されたと思いますが、星さんの人脈と開拓精神には本当に驚かされました。私が仕事で知り合った小学校の先生が「人は与えられることになれすぎてしまっている」と子供たちに話したことがあります。確かに、既存のものを確立するまでに、パイオニア(開拓者)といわれる人たちの努力と積み重ねがあり、その上で私たちはその利便性を手にできます。それをあたかも当たり前のこと(entitlement) のような錯覚を持ってしまいがちですが、与えられた特権(privilege you might be given)でも、そこから先は自分の努力次第 (you have to earn it, or it can be taken away)です。

また、私達は目に見えるものや結果だけで物事を判断しがちですが、本当は見えない部分やその過程が大事で、積み重ねられた努力やいろんな経験が自信となって、未来につながっているのだと思います。星さん自身スポーツで怪我をされたり、渡米後ご苦労された経験談などを伺い、どんなにすごいスポーツ選手でも誰でも、いろんな挫折や努力を経て、今に辿り着いているのだなと感じました。

Steve JobsのCommencement Speechに、点と点は後から繋がるというような言葉があるのですが、今無駄や嫌に思えることでも実は人生という名のパズルの中のとても大切なピースなのかも知れません。人生は、そのいろんな出会いと経験、成長の足跡でできた道なのかなと思います。私もこれからカリフォルニアでの生活を通して、看護師としても人としても成長していきたいです。

最後に、行き詰っていた私の前に道を開き、今またこうしてチャレンジする大切さを教えて下さった星さんにとても感謝しています。夢に向けて、次のステップに繋げられるよう頑張りたいと思います。

hiroe1Au Pairのホストファミリーと友達。

hiroe2Au Pair仲間と参加したNASAツアー

hiroe3JamaicaのICU看護スタッフ

hiroe4Jamaicaでお世話になったホストファミリー

hiroe5飼っている犬と旅行したコーパスクリスティ